エキサイトニュースで記事を書きました2017年9月

 

こんにちは。最近涼しくなってきましたが愛は冷めないでほしい日々が続きますね。

 

ちょっとブランクがあったのですが最近またエキサイトニュースコネタで記事を書くようになりました。

 

今月は2本執筆してます。

チーターの鳴き声がライオンと違ってカワイイのはなぜ? - Excite Bit コネタ(1/2)

横浜にあるズーラシア動物園さんにご協力いただきかなり濃厚な内容の記事ができました

 

もう1本は今日公開しました。

公園の鉄棒はどうやって設置されているのか - Excite Bit コネタ

自宅に鉄棒を設置したい方は必見です。

 

 

他にも作成中の記事があったりして面白い内容を書けたらいいなと思ってます。はてなユーザーの方にも読んでいただけたら嬉しい内容も盛り込んでますのでお楽しみに。

 

当たり前ではあるのですがブログで記事を書くのとライターとして記事を書くのとでは難しさが違うなぁとしみじみ思います。文章力と取材力と企画力と...色々な要素が絡まって一つの記事が出来上がるので、日々の積み重ねが大切ですね。

文章力についてはこちらの書籍を読んだりしてもっと勉強しなきゃです。

 

 

新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング (できるビジネス)
 

 

他にもオススメがあったら教えてください。

ここ数ヶ月欲しいものリストから贈り物してくれる人がいたり周りの人の温かみを感じます。やはり愛は冷めないでほしい。給食も冷めないでほしいですよね。ではまた〜。

 

 

 

豚ちゃんのピアス

 

お店で一目惚れして買った豚のピアス。猫とか熊もあったんだけど、豚に一番親近感を感じたので5分くらいピアスの前でにらめっこして購入を決めた。1400円だった。

 

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ピアスは割とすきで右2つ左3つくらい穴が空いてたけど実際使うのは一つずつのことが多いのよね。何個もつけてたのは大学生のときくらいで。

 

シオカラトンボが飛んでいるのを見て少しずつ秋がおとずれているのを感じる。秋冬モノのコートとか予約開始し始めていて、予約しようか寒くなったら買う方が良いか、でも売り切れてたらどうしようとか悩む。個人的には涼しくなって動きやすくなる秋はいろいろやりたいことが浮かんできてなんだかワクワクしてくる。せっかくだし資格とか検定とか受けたいけど受講料高いよね。調べていたら「コミュニケーション検定」なるものもあるそうで、受けてみたいと思ったけどそれに受かったからといってコミュニケーション上手になるわけではないしなぁと思ったりする。

 

コミュニケーション力というのは何度もチャレンジして何度も失敗して振り返ってようやっと身についていくものなのだと思う。だから恐れずコミュニケーションを取っていけ、頑張れ自分と自分で自分を励ますようにしたい。

秋になれば少しは体調も良くなって人に会いやすくなったりもするだろうから、そういうささやかな期待を秋にぎゅっと詰めて金木犀の香りがするのをなだらかに待ち続けていたい。

 

 

 

嫌なおばさんにならないために気をつけたい3つのこと

 

嫌なおばさんになりたくない

 

わかるなぁと思いながら読んだ。

嫌なおばさんになりたくてなる人なんていないんだよね。でも実際嫌味とかいじめとかを若い女性に対してしてくる人も確実にいて、傷ついてる人もいる。

 

私もアラサー、まもなく三十路がやってくる。やっぱり今の女子高生の流行りとかわかんなくなってきた。私ももしかしたら数年後嫌なおばさんになっているかもしれない。でもなりたくはないので、嫌なおばさんにならないためにここは抑えて置きたいなぁというポイントを3つ書き留めておきます。

 

 

1.自分の知らない情報に関して寛容になる

 

「えー!?ポンコさん○○知らないんですかー!?」と後輩女性社員に言われるときがきっとくる。というか、私が先輩に対してそういう言い方をしてしまったときに「知らないからなんなんですか!?偉そうにしないでください!!」と先輩女性に言われたことがあるのだ。今となっては私の話し方が配慮にかけていたな、と思う。だから相手もびっくりして自己防衛のためにきつい言葉を私にかけてきたのではないだろうか。

そういう自体を防ぐためにも新しい情報や知らないことに関して寛容でありたいなと思う。むしろ「え〜何それ〜?教えて教えて(^^)」と若い女性から教わることもある、ということを忘れないようにしたい。日々勉強、新しいことを知るのは自分にとっても利益だからね。

 

 

2.嫉妬してしまう自分の感情を受け入れる

 

最近シミが増えたし毛穴も広がってきた現実と向き合わなければならない。そんなときSNSで20歳くらいの子の写真を見ると肌とかピチピチ、傷や跡も目立たない。正直羨ましい。でも羨ましいとか嫉妬とかを私は感じてないわ、と自分の心にフィルターをかけていると歪んだ形でその感情が表れるものだ。

例えば「なんで今から肌のケアをちゃんとやらないの!?若いから楽で良いわよね〜」なんていう若い子に向けた反発的な言動がそれだ(実際に言われたことがある)。でもみんな均等に若い時代はあったわけだし、歳を得ることで得られる知性とか風格とかに対してもっと自信を持っていいと思う。ていうか、世の中が若さ主義なところがあって、若くあることを求める圧力があるのがよくないよなと思う。ミドル世代で綺麗な人はたくさんいるし、若くなきゃいけないことなんてない。その歳その歳でその歳なりの美しさを追求できたら、若さへの嫉妬は軽くなるかも。

 

 

3.自分の「今」を大切に生きる

 

若さの話しにも通ずるものですが、やはりたられば思考は後ろ向きになりやすいものです。「私が20歳のときはああだった」「私が18歳だったらそんなことしないのに」そうやって今の20歳に自分を重ねて見てしまわないように、「今」の自分は何を大切にしているかな?「今」の自分が頑張ることはなんだろうと自分に関心を向けていくことが大切に思います。何かの本で読んだけど、私の人生の主役は私なのです。あなたも私もそれぞれを大切に今をすごしていたら、他人に嫉妬する余裕なんてきっとなくなると思う。だってあっという間に二十歳になって、25歳を過ぎて、走り過ぎるようにアラサーを駆け抜けているのだから。

 

 

嫌なおばさんにならないためには嫌なおばさんの心を想像することが良いと思います。相手の気持ちを読み解けば自分の心も見えてくる。まぁこのままだと私は説教くさいおばさんになりそうなので、あまり理屈ぽくなりすぎずにすごしていきたいと思います。

 

 

おわり

 

 

 

頑張ったねって


なにをしても満たされない他では変えが効かないものはある。

 

自分でも多少は頑張ってるって思うし周りもそういってくれるけど誰より父に頑張ったねって言って欲しかった。死んだのでそれはもう叶わない。じゃあ私の頑張りってずっと満たされないのかな。というか、自分で頑張って心の整理をして、頑張って自分なりの答えを見つけて、そうやって頑張っていくしかない。休みなく続く人生のマラソンに疲れたよ。でも私は死なないけど。

 

父さんが生きてたら私に頑張ったねって言ってくれたかな。夢でもいいから出てきてくれたらいいのに。

やりたいことリストを書いてみた

 

最近やりたいことを意識するのは大切だと思う日々です。やる気がでないときにやりたいことを思い出すと頑張ろって思えるから。だからやりたいことリスト作ってみよう!

 

○夏について

・花火がしたい

・海に行きたい

・スイカ割りしたい

・BBQしたい

・水信玄餅を食べてみたい

 

○趣味について

・デジカメかチェキを買って色々撮りたい

サーフェスかYOGAブックを買いたい

・ゆずのライブに行きたい

サンボマスターのライブにいきたい

槇原敬之のライブにいきたい

中田裕二のライブにいきたい

シェイクスピアマクベスを読みたい

ファウストを読み終えたい

・女性ファッション誌を読みたい(リンネルかsteady)

牧場物語を楽しみたい

 

○その他いろいろ

・友達に会いたい

・積極的に友達や知り合いと関係を持ちたい

・フォロワーさんと会ったりしてみたい

・好きなキャラのグッズを揃えたい

・ライターの仕事を増やしたい

ピエールエルメのマカロンが食べたい

ルタオが食べたい

・俺のフレンチに行きたい

・高い肉を食べたい

 

○健康について

健康のやりたいことリストはその他のやりたいことを叶えるために大切なのよね。

・筋トレとジョギングを継続させる

・体調が優れない自分を受け入れられるようになる

・どんなふうに体調が優れないのか他人に説明できるようになる

・目標を高く持ちすぎない

・できない自分を受け入れられるようになる

・できたことを評価して大切にする

 

 

こんな感じ。とりあえず忘れないようにメモです。できるとこからコツコツとでやっていきます。でもやっぱり1番は人に会いたいな^ ^オフ会とかは敷居が高いけどね。

他の人のやりたいことリストもみてみたいな。

じゃ、そんな感じでー。

 

 

私達はいいね!をもらうために生きているんじゃない

 

FacebookInstagramTwitterなど様々なSNSを利用しながら私達は生きている。私も漏れずにそれらを利用している。

 

「夏の思い出を絶え間無く伝えるSNS

 私の心を続けざまにかき乱しSOS

 

楽しくなければいけない毎日に疑問符

連日イベント投稿するフレンドに感嘆符」

 

最近流行りのラップで私のソウル伝えてみたYO!!

 

 

...まぁそれはいいとして、SNS疲れである。承認欲求が云々というけどいいね!もらっただけで満たされるような簡単な承認をみんな求めているわけではないでしょう?雑誌をみればフォトジェニックなスイーツ特集、自撮りの角度に悪戦苦闘してみたり、ほんとに求めてるのはこれじゃないのにって思っていつもそう思っているのに今日もSNSチェックしていいね!押している。

 

SNSは友人とつながるには有効だ。Instagramを始めたのがきっかけに久しぶりに再会したりもした。Facebookはライフイベントを伝える手段として浸透しているし、まぁ必要なのかもしれない。

でもSNSだけでは満たされない人との繋がりがあることも確かだ。他人がキラキラ眩しく生きてる姿は楽しそうだな、と思う反面自分の心をガリガリ削る。みんな楽しく過ごしているのに楽しく過ごせていない自分って何?って。SNSに載っけるために海に行きたいのではないのに。いいね!をもらいたくてスイーツを食べてるわけじゃないのに。日常を切り売りして私達は大事な何かを減らしてる。それはその時その場を全力で楽しむマインドであったり、感動した出来事に出会ったあとのなんともいえぬ余韻であったりする。他人にいいね!を貰えたから良かったと思うのではなくて、私が良いと思えたらそれで良いはずなのだ。間違っても私達はいいね!をもらうために生きているわけではないのだ。

 

満たされない承認欲求をどう扱っていくか悩んだっていいし、他人と自分を比べて卑屈になったって良い。そう自意識を1人で拗らせる時間があったって孤独な時間があったって良い。むしろそういうものをみんな大なり小なり持っているから。

一生懸命いいね!を伝えなくていいし、あなたの中にいいね!があればそれが一番良いことだと思うのだ。

 

 

そんなこと拗らせるのはきっと夏だから。

 

 

 

誰もが色んな枠の中で悩みながら生きている

 

 

それは家族との仲であったり学歴であったり恋愛であったり色んなものがある。悩まない人間なんていないと思う。大なり小なり悩みがある。そうわかっていながらも他人より悩ましく感じてしまうときがあるのは、私が彼らの悩みの枠を知らないからだ。

 

そもそも悩みの内容なんて仲が良かったりしないかぎりは他人に話したりなんてしない。それでも経験上あの仕事の内容だろうかとか彼氏との関係だろうかと推測くらいはできる。推測しても言及する必要があるかどうかいつもみんな無意識に考えて関心か無関心を装うか選んでいる。そう考えると自分を見守っている人ってたくさんいるんじゃないかと思い少しだけ満たされる。

 

あいつは悩みがなくていいなとよく言われる人だってその人なりに悩んでいる。本当に真から悩みのない人っているのかな。いたらそれもすごいけど、私達は悩みながら頑張って自分の生き方とか見つけ出そうとしたり行動に移そうとしている同じお悩み人であるので、同じ人がいるんだっていう気持ちを大切にしていきたい。

 

 

個人の話をすると、先日久しぶりに(というか5、6年ぶりの)友人と会った。お互いいろいろ変わったところと変わってないところがあって、とにかく懐かしく話したりした。色んな人と疎遠になっていた時期が私にはあって、それは彼女に対してもそうで、それは私がうつ病だったからなんだとスラッと溢れ落ちるように彼女に伝えた。あっやばいと思ったけど「そうだったんだ。そんな気もしてたよ。ポンコは真面目だから頑張りすぎないでね。」と言ってもらえて、なんというかそれまで悩んでいた病気によって疎遠になってしまった、自分が勝手に距離を置いてしまっていた人に、これまで生きてきた私という存在を肯定してもらえたような気がしてとても嬉しかったんだ。その場では「ありがとう」って言うのが必死で帰り道に少し泣いた。

ずっとずっとなんで病気になったんだろうと自分を責めたり他人を責めたりそれでもやっぱり自分を責めたりしてずっとネガティヴのループに入っていて。そんなみっともない自分を他人に見せるのが嫌で、色んな人と距離をとっては寂しいって泣いたりしてきたアホだからさ。私は本当に自分のことばかりでアホだった。もっと他人の気持ちを大切にできるようになりたい。

だから自分はなんで病気になったんだ、なぜ自分なんだって責めすぎていじけたりするときがあったとしても、自分の周りの人達みんな大なり小なり自分と同じ様に悩んでいるんだって励ましあいながら生きていきたい。病気以外にも世界にはたくさんの悩みがあって、みんなそういうのと目を逸らしたくなるときがあったり闘ったりしながら頑張っている。そういう人との繋がりを宝物にしながら生きて、死んでいきたい。