誰もが色んな枠の中で悩みながら生きている

 

 

それは家族との仲であったり学歴であったり恋愛であったり色んなものがある。悩まない人間なんていないと思う。大なり小なり悩みがある。そうわかっていながらも他人より悩ましく感じてしまうときがあるのは、私が彼らの悩みの枠を知らないからだ。

 

そもそも悩みの内容なんて仲が良かったりしないかぎりは他人に話したりなんてしない。それでも経験上あの仕事の内容だろうかとか彼氏との関係だろうかと推測くらいはできる。推測しても言及する必要があるかどうかいつもみんな無意識に考えて関心か無関心を装うか選んでいる。そう考えると自分を見守っている人ってたくさんいるんじゃないかと思い少しだけ満たされる。

 

あいつは悩みがなくていいなとよく言われる人だってその人なりに悩んでいる。本当に真から悩みのない人っているのかな。いたらそれもすごいけど、私達は悩みながら頑張って自分の生き方とか見つけ出そうとしたり行動に移そうとしている同じお悩み人であるので、同じ人がいるんだっていう気持ちを大切にしていきたい。

 

 

個人の話をすると、先日久しぶりに(というか5、6年ぶりの)友人と会った。お互いいろいろ変わったところと変わってないところがあって、とにかく懐かしく話したりした。色んな人と疎遠になっていた時期が私にはあって、それは彼女に対してもそうで、それは私がうつ病だったからなんだとスラッと溢れ落ちるように彼女に伝えた。あっやばいと思ったけど「そうだったんだ。そんな気もしてたよ。ポンコは真面目だから頑張りすぎないでね。」と言ってもらえて、なんというかそれまで悩んでいた病気によって疎遠になってしまった、自分が勝手に距離を置いてしまっていた人に、これまで生きてきた私という存在を肯定してもらえたような気がしてとても嬉しかったんだ。その場では「ありがとう」って言うのが必死で帰り道に少し泣いた。

ずっとずっとなんで病気になったんだろうと自分を責めたり他人を責めたりそれでもやっぱり自分を責めたりしてずっとネガティヴのループに入っていて。そんなみっともない自分を他人に見せるのが嫌で、色んな人と距離をとっては寂しいって泣いたりしてきたアホだからさ。私は本当に自分のことばかりでアホだった。もっと他人の気持ちを大切にできるようになりたい。

だから自分はなんで病気になったんだ、なぜ自分なんだって責めすぎていじけたりするときがあったとしても、自分の周りの人達みんな大なり小なり自分と同じ様に悩んでいるんだって励ましあいながら生きていきたい。病気以外にも世界にはたくさんの悩みがあって、みんなそういうのと目を逸らしたくなるときがあったり闘ったりしながら頑張っている。そういう人との繋がりを宝物にしながら生きて、死んでいきたい。

 

 

SEOとか収益とか意識しない系でいたい

 

 

ドルバッキーさんの記事を読んだ。

7月14日の話 - さよならドルバッキー

 

私もブログはあくまで自分のものでありたいのでSEOとか収益とか気にしない世界でブログ活動を書いていたい。でもアフィリエイトで収益を得ているのは自分のため、自分のために自由にブログを書きたいと言っているお前と何が違う?という問いが来ても「まぁ、確かにそうですよね」と返すしかない。

というのも「自分のため」の基軸がそもそも違うからだ。自分のために何を得たいのかが人によって違うからだ。これは突き詰めていけば仕事、生活、恋愛すべての活動に言えることだと思う。人は何のために活動するのか?という問いはつまるところ「人は何のために生きているのか」という問いかけでもある。ブログに求めるものというのはその末端の末端の末端くらいなものだ。

 

とにかく私は最近なんのためにブログを書いてるとか意識せずに書きたいことを書いている。アクセス数やブクマ数を気にしていた時期もあったが今はまぁ読んでもらえたらラッキーというくらいに思えている。人はその活動に見返りを求めるほどその活動が苦しくなってくるときがあるのを意識しておくと気がラクだ。そうすればその活動が苦しみを耐えうる価値のあるものか判別しやすくなるからだ。それで苦しみが耐えられないならその活動をやめてしまうか。いやそうすると私の書き方では「生きるのをやめる」というとこまで考えてしまうので、そういうときは活動をやめるか、休むか、誰かに助けを求めようということなのだろう。

 

ブログを書くというのはある種の助けを求める行為なのかもしれない。そんなたいそうなことではないって?それもそうだね。でも私はブログを書いていて傷ついたこともあるし辛かったこともあるけど結局救われているから続けている。それは誰か、他者という人と人のつながりであって、お金では得難いものだと思っている。

 

 

 

もはやAmazonがなくては生きていけない

 

Amazonを利用するようになったのは何年前なのか定かではないけど、外出の際に必要なペットボトル飲料はもっぱらAmazonで購入している。

 

もはやAmazonがなくては生きていけないレベルに到達しようとしている。車社会ではないシティTokyoでは重たいものや入手困難なものはネット通販を利用するのが一番手っ取り早い。私たちがおじいちゃんおばあちゃんになったとききっと今よりネット通販は浸透している。スーパーに行って重たい牛乳や油を汗だくになりながら買ってかえるよりも通販のほうが身体にも心にも優しい。本当は今のおじいちゃんおばあちゃんももっとネット通販を活用できたらいいなと思うんだけど、スマホとか使いづらいのよねという意見も聞くし確かにな〜とも思うのよね。

 

私はまだおじいちゃんおばあちゃんではないけど食べ物とか本とかAmazonを頼りにしている。Amazonがなくては生きていけない...というのは言い過ぎかもしれないけど一日何も食べなければ生きていけるとかそういう極限の生活になってしまっていたと思う。

 

ほしいものリストというやつを作ってみたが、こんだけほしいものあるならまだ頑張って生きる意味もあるなと、すぐ極論にもっていってしまうのは私の悪い癖なのだけど、それでもAmazonに生活を助けられている部分が多分にあるし、ほしいものを得られるような頑張りをなんとかやっていきたい。

 

 

 

 

 

 

そして「なんでもないよ」と言う

 

 

 

「なんでもないよ」と「大丈夫だよ」はとても良く似ている。自分を守るための、他人を安心させるための、その場しのぎにも似た音の羅列。

 

 

「なんでもなくないよ」「大丈夫じゃないよ」そう言っている人を聞いたことがない。多分他人に聞こえるような場所ではそんな言葉は言えないのだ。輝いた今日を彩るSNS、煌びやかな人を推し並べる雑誌やテレビ。こういうのをそういうものなのだと流し込めない日々にうんざりする。もういい歳なのに、大人になっていく自分と、幼いままの自分と、「なんでもないよ」と「大丈夫だよ」だよで必死に取り繕う中身の溶けた自分と。

 

心に一歩踏み込む勇気がない。他人のネガティヴな感情にも、自分の自己嫌悪にも一歩踏み込んで相手に問うたり自己開示をする勇気がない。勇気がなければできないと思っていること自体が幼さなのかもしれないけれど、確認する術もなく見ないふりをしている。

みんな「なんでもなくないよ」って言える人に見える。隣の芝生は青いというが、なぜか青いという確信のような妄想だけ広がって、私も彼や彼女等のようになりたいと妬み、自分を認めずにただ青く見えるだけなのかもしれないという事実を見ずに、自分に都合の良いものだけを見る。

 

 

自分が自分をなんとかしたいという思いばかり先行して、いつも他人の気持ちとか、相手がなんて思うかとかそういうのを大切にしようとする余裕がないんだと思う。本当は「なんでもないよ」って無理して笑ってる人がたくさんいるんだって事実だって知っているのだから。もっと他人の感情を受け入れて必要なものは受け止めて流していいモノはサッと流して生きていきたい。

 

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だってもしかしたら、私が「なんでもないよ」「大丈夫だよ」と自分を守ることで相手を傷つけているのかもしれないのだから。一歩踏み込んだ思いを拒否してしまっているのかもしれないのだから。推測と憶測を広げていけば他人の心なんで如何様にも感じられる。本当に青く見えていただけで、同じ色をしている人だっているはず。わかっていても余裕がなくて受け入れられない事実がたくさんあって、きっとそれらを受け入れることができるように悪戦苦闘しながら生きてるうちにおじいちゃんおばあちゃんになって死んでいくのだろう。

 

 

 

これという答えが見つからないことに不安ばかり広がるけど他人の芝生も同じ色。自分の芝生も大した色ではないし、歩けないほどではない。貴方の芝生もそうだったら「こんなもんか」って一緒に笑うんだ。

 

 

そして「なんでもないよ」と言う。

 

 

これくらいの心の曇りなんで誰でもあるものだ。貴方にも私にも、そういう日があって、なんでもない朝が待ってくれている。

 

 

nikoさんにアイコンを描いてもらいました

 

はじまりはたっつんさんのこの記事でした。

 

かわいいイラストを描くはてなブロガーさん6人紹介してみる! - 轟け!サブカル女子

 

はてなブログで素敵写真やアイテムを公開してるid:niko_97さん。ニット帽がトレードマーク。私nikoさんのブログ好きなんですよね。

 

これはチャンス!と思い早速DM。快く引き受けてくれたnikoさん。「アヒル的な感じであとはお任せで」という雑な依頼をかますワイ。

 

うんちのにんちが高い

 

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おまかせスタイルでもうんちを入れてくれるnikoさん。うんちのにんちに感謝。

 

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うんうんと考えてうんちの柄のTシャツを描いてもらうことにしました。うんTはじまりの香りがする。

 

 

そして完成へ

 

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うんTスタイル!!

 

かわいいんだけど〜。めっちゃかわいいんだけど〜。nikoさんのこちらの要望を取り入れながら独自のイラスト感を出していく感じ素晴らしい。急なお願いに応えてくれるまさにniko_lifeクオリティ。

 

 

嬉しかった。

 

そういえば今までアイコンを誰かに描いてもらうことが多かった。吉本Uタヌ氏、mah氏、そしてniko氏。他者に描いてもらうことで自分のアイコンにより愛着が湧くようになるのよね。これからもブリ活を緩く継続していこう。nikoさんありがとうございました。

 

 

梅雨に浸む

 

梅雨真っ盛りの季節にうんざりした汗をかきちらす7月がやってきた。

 

もうちょっと色々カラッといってくれないものだろうか。湿気が多すぎやしないか。TVニュースもジトジトした人間関係が大なり小なりで延々と報道されていて、この季節の楽しみといえば除湿剤でどれくらいの湿気がとれているか確認して自己満足することくらいだ。

 

天気のせいにして鬱々とした日々を送っている。あれができるとこれができない、それをやろうとするとどれかが成り立たない。でも自助努力が足りないせいだと思う。そう話しをするとたいがい「そんなことないよ」って言われる。

他人が自分を受け入れてくれてるのに、自分だけが自分を受け入れられない。ここ数年自暴自棄になることは無くなったが、地面すれすれの高さをよろよろと飛行しているような気分になる。きっとあと5年もしたらお腹が出っ張ってきて地面に擦れるようになるんだ。5年後の自分。5年前の自分って何してたっけ。すぐ思い出せない。

 

5年前と明らかに違うのは、チャーシューメンで胃もたれするようになった。肩こりのつらさを知った。自分って大した人間じゃないと自覚した。煮込み料理を作るようになった。

 

そういう変化についてどう思うかが大切なのだと思う。老化ととるか進化ととるか。何と無くできないことが増えているような気もするけど、きっとそれは私の思い込みで、できるようになったことだって同じように増えている。どこをどう見るかが大切で、自分がネガティヴに物事を捉えがちな人間だという自覚は5年前より格段に上がった。

 

じめじめとした心にも涙が流れるように梅雨の雨も土に染みていく。心に雨のような涙が染みていてどうしようもなくても、間も無くやってくる晴天に全てを忘れてしまうような日々がまたやってくるのだ。

 

養命酒が出しているフルーツとハーブのお酒が美味しくて女子力高い

 

あまり宅飲みってしないんですけど見た目に惹かれてお酒を買ってしまうときがあります。日本酒も少しなら飲めます。焼酎は麦派です。ビールはサッポロビールが好きです。

 

1人でしっぽり飲みたいけど馴染みのお店を作る勇気がなくて、カウンターで美味しい肴とお酒を楽しみたいようなそんなでもないような魚民とか笑笑が逆に恋しくなるようなそんな日々を過ごしています。皆さんは馴染みのお店ありますか?

 

雨続きのどんよりした天候に流されて自分の心までどんよりしてしまったり、雨のように泣きたくなったりそんなことを繰り返すなかでお酒は私達の心を少しだけ励ましてくれるのです。養命酒といえば滋養のための薬的なイメージがありますが、実は一般向けのお酒も出しているのですね。

 

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養命酒〜フルーツとハーブのお酒〜

 

一見「世界のキッチンから」シリーズに見えますが養命酒製造です。今回はグレープフルーツとジンジャーフレーバーです。他にも桃と杏仁とかあるみたい。チョイスから女子みを感じる。見た目も中身も女子力がなくてもこういう可愛いお酒を飲んでいると僅かながらではあるけれど女子力を高められそうな感じがするんです。

 

でもなんで女々しいと言われるのは辛いのに女子力高いと思われたいんだろう。女子力高いというか、女性的魅力をちゃんと持ちたいみたいな。そういう承認欲求めいたものを満たすために女子はジャケ買いをするのかもしれない。

しかしこのお酒はジャケ買いしたと言わせないだけの味を伴っているので強い。しっかりしたグレープフルーツの甘みと酸味にほのかに香るジンジャー。養命酒製造だけあってお酒ではありながらも身体をしっかり温めてほぐして癒やしてほしいという優しみを感じる(そうラベルに書いてあったので)

アルコール10%なのでロックで飲むと飲みやすい分すぐ酔っちゃうので個人的にはソーダ割りをおすすめします。家に帰ったら優しくて美味しいお酒が待っていると思うと日々の生活にほっこりとした温もりを得ることができます。宅飲みはあんまり好きじゃないけどこのお酒は好き。そして細やかな女子力とまろやかな酸味と甘味とアルコールに包まれてお布団に入る、そういう日々に女の幸せを感じるんだ。