「私の父は自殺した〜自死遺族としてすごした十数年間〜」を一般社団法人全国自死遺族連絡会に掲載させていただきました。

 

 

こんにちは。突然ですが報告です。

 

こちらの記事を

私の父は自殺した〜自死遺族としてすごした十数年間〜 - 心がよろけそうなときに読むポンコツ日記

一般社団法人全国自死遺族連絡会さん一般社団法人 全国自死遺族連絡会 – 一般社団法人 全国自死遺族連絡会の遺族の想いというページに掲載させていただきました。

http://www.zenziren.com/遺族の想い-2/

(直リンクが貼れないためトップページより遺族の想いを辿ってください)

 

なぜこのような経過になったのかというと、以前私がブログを閉鎖したときに、「この記事を読みたいのでブログを閉鎖しないで」、「あの記事は心の支えにしているので、あの記事だけでも公開してもらえないか」というご連絡をちょこちょこといただいたことが始まりでした。

私としても読んでもらったり、心の支えにしてくださる人がいるのは本当にありがたいことです。ただ個人の雑記にすぎないブログを今後ずっと公開するのも限界を感じていることもあり、何か読者の方々にも安心していただけるような形を模索した結果、全国自死遺族連絡会の代表さんにご相談させていただき、記事を掲載していただけることになりました。

 

私自身も今回の動きで初めて全国自死遺族連絡会という団体を知り、とても励まされました。私もひとりだけど他の自死遺族もそれぞれ孤独があって、だからこそつながりを求めるのだと思いました。ネット検索から私の記事に辿りついた孤独な人達が、こんな団体もあるのだと知る機会になったら嬉しいなと思います。

 

掲載内容は少し修正加筆をしています。今後私がブログを閉鎖しても、もしあの記事を読みたいなと思ったら上記のリンクからホームページに飛んでみてください。スマホだと左上のメニューバーから「遺族の想い」を見つけられると思います。私の動きはそんな感じでこれからもゆるっとやっていきたいと思います。

 

とりあえずブログで自殺について話すのはこれで終わりにしたいと思います。ではでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうせ生きる意味など

 

 

なんかもういいやと思ってブログを閉鎖したりしている。前は謎にあったブログへのモチベーションが最近は減ったなあと思う。ブログに限ったことではない。仕事することも読書することも毎日を過ごすことが低モチベーション。あなた具合が悪いのよと言われたらそれまでなんだけど、私だって具合が悪くなりたくてなったわけではない。誰でも不幸になりたくて不幸になるなんてことはそうそうない。小さいころ溢れていた根拠のない自信や意欲はどこに消えてしまったのだろう。

 

友人の多寡や仕事の成果など自分を評価しながら生きている。できることなら消えてしまいたいが、悲しむ人も幾ばくかはいるだろうし、やはり自ら命を絶つなどできない。涙がどうしようもないまま出る。心に空いた穴が私がいる証しでしかない。

 

もっと明るく楽天的で向上心のある人間に生まれたかった。なぜ私はこうもダメなのだろう。普通にできるはずのものができないんだろう。自信の無さが生み出すものは根拠のない被害妄想、病気だよそれって、わかっているさ。

 

わかっているけれど、ねぇ。

 

 

友達がいないコンプレックスを抱えているあなたへ

 

 

今日は成人の日。鮮やかな着物を纏った新成人達が街を彩っている。毎日この時期になると自分の成人式を思い出して、地元との繋がりについて私が勝手に抱えている負い目が喚きだす。

 

 

私は地元の公立中学に進学した。近隣では素行が悪い生徒が多いと噂されていた中学ではあったが、自分の歳は比較的落ち着いていたほうだと思う。そこそこ生徒数はあり、部活動も活発だった。毎年クラス替えがあって私はそれが苦手だった。

もともとの人見知りの気質に加えて中学入学早々に父が自殺したことが自分のなかで上手く消化できず、周りに自分がどう思われているかとばかり不安を膨らませてどうやって同級生と仲良くなればいいか分からなかった。

表面的には親しくなれても、今一歩相手の心に踏み込むことができなかった。今になって思えば、相手の心に踏み込むことで自分の心に踏み込まれることを恐れていたのだと思う。

 

その場では仲良くできても、クラスが変わったり進学先が変わったりすると関わりを失ってしまう。そんな消極的で閉鎖的な自分はあまり好きではなかった。部活をやっていたのでその繋がりだけはあったことが救いだったけど。

 

 

そんな付き合い方しかできなかったので、私の成人式は誰と一緒にいればいいかわからず、ひとりぽつんと過ごしていた。みんなはある程度グループを作っていてすごしているけど、私には所属する場所がないということを実感して早々に帰った。

しかし私の学年の繋がりというのは意外と強く、学年全体の同窓会を何度か開いたりしていて、Facebookでその様子が頻繁に公開されている。私も声をかけられることはあるが、いつも断ってしまう。どんな顔をしてどんな話をして参加すれば良いかわからないからだ。しかしそんなこと考えずにただ参加すれば良いのだということもわかっている。わかっているのに人と関わることを恐れてしまう。地元の同級生達が仲良くしていればしているほど、惨めな気持ちになってしまうのだ。きっかけは父が亡くなったことだとしても、他にも離婚して名字が変わっても色々な人と仲良くできている人だってたくさんいたのだから。高校デビューとか大学デビューができている同級生が羨ましかった。私はずっと中学時代の人間関係のやり方を引き摺ってしまっていたから。

 

相手の心に踏み込むことができない人との付き合い方は今も続いている。少しだけ自分の心を開くことはできるようになったけど、とても緊張するし、疲れてしまう。でも後悔を繰り返さないようにひとつひとつの人との関わりを大切にしていきたいと思っている。なので私のように成人式や人間関係で悩んでいる人がいたら、私も同じように悩んでいるので、あなたはひとりじゃないよと伝えるようにしたい。それは自分が救われたいという気持ちも含んでいるのかもしれないけれど、ひとりで枕を濡らすよりはずっとずっとマシだと思うから。そういう偽善めいたことをこの歳になっても続けてしまうのだ。

 

 

絶対評価と相対評価はどちらが良いのか

 

 

親たちは、難関校合格がわが子にもたらすかもしれない不幸も、イメージしておいてください。 - Togetterまとめ

 

 

このツイートまとめを読んだ。「自己重要感」「自己肯定感」などについて書く。

 

他人と比較されることについてはおそらくずっと私達の身の回りについて離れないと思う。所謂相対評価というのは「自分」と「その他」、「何かA」と「何かB」を比べればよいので評価がしやすいのだ。一番楽で明確な評価方法である。そして明確であればこそ評価された側の人はその評価に根拠を持てる。自信がなくても自信が持てるのが相対評価だと思う。

 

一方で絶対評価というのは明確な根拠が見えづらい評価方法だ。他人と比べるのではなく「自分がイメージする自分」「理想とする自分像」と現在の自分を重ね合わせている。通知簿的に言うならある程度の評価尺度もあるのかもしれないけれど、本当にその評価尺度が世界中に均一に浸透しているかは疑問がのこる。

 

学生時代はなんだかんだいって相対評価が重視されるものだ。勉学、運動、あらゆる要素において優劣が決まってしまうものだ。しかし学校という枠を出て、社会に出てみると相対評価だけでは自己肯定感を得るのは困難になる。

単純に母数が増えるということもあるが、評価項目すらも多様にありすぎるのだ。そのような中で自己重要感を培うのは困難と言って良いのではないか。

 

ある著書によると現代の若者の青年期はおよそ30歳ほどにまで上がりつつあるのだと言う。大学進学者が増えたこと、社会の複雑化などいろいろな要素があるという主張であった。

 

私達は私達をどのように肯定するかということを考えなければいけない時代になっているのではないか、その様なことを最近は考えている。

 

私はとにかく自己肯定感が低い人間なので、何か一つでも失敗すれば全てが失われたかのように落ちこむし、簡単に言うと自意識過剰なのだ。書店にいけば自己肯定感に関する書籍がたくさん並んでいるが、根本的な解決というのは本に書いてあることを鵜呑みにするだけではかなわず、その材料をもとにうんうん唸って悩み抜かなければならないのだ。

 

ただただ辛い作業だ。

 

結局「自分のイメージする自分」と「現在の自分」が完璧に合致することなんてないし、合致しなければいけないという訳ではないという結論に至り、そこで初めて「自分はこのままで良いのだ」と思えたのだ。自己肯定感や自己重要感を得るために必要だったのは適切な評価方法や優れた能力ではなく「自分が自分と向き合う時間」だった。その時間の中には一人で悩む時間の他に他者との対話もある。日常を生きていくなかでなんとなく「あ、これだな」というものがみつかったので、もしかしたらラッキーだったのかもしれない。個人的には相対評価重視のスポーツだって自分の運動能力を高めるために楽しめたら良いと思うし、自分の理想とするプラモを作ることだって楽しいことだと思う。

 

 

今回の記事の題名についてひとつ提案できることとしては「自分を肯定するだけに充分な時間を焦らずにじっくりかけていくこと」である。絶対評価相対評価も自分の都合の良いように利用してしまえばいい。

(偉そうなことを言いながらもお正月に体重が3kg増量したことで自己嫌悪になっている)

 

 

 

生きる意味なんて無くていい

 

自分を認められないがために自分が生きている意味を探していた。でもちょっとしたことで心は揺らいで、意味が曖昧になって不安になる。物心ついたころからそう考えていた。

 

生きる意味に依存していたのだと思う。私が生きるために生きる意味が必要だった。そうあらねば生きていけないのではと考え、不安になり、新たな意味を見つけてもまた揺らぐ。そんなことを繰り返していた。

何かに頼らなければやっていけなかった。そんな自分が情けなく虚しかった。嬉しいことや楽しいことはその理由や意味なんて考えないのに、苦しいことや辛いことは理由や意味を見つけないと耐えられなかったのは私の弱さだったのかもしれない。

 

でも本当は生きる意味なんて無くていいのだ。意味がなくても存在して良いのだ。最近はそんなことを考えるようになった。サラリーマンでもトップアイドルでも死んでしまえばそれが全てなのだから。ここにいることに理由なんていらない。意味がなくたってここにいていい。私も、他人も、存在すらしらない彼等すらも存在していい。ただそこにある苦難や幸福をそのまま受け入れたら良い。理由がほしいなら見つければいい。見つからないならそのままでいい。自分が求めるように生きていい。同じように他人のことも受け入れられたらそれはとても素敵なことで、幸せなことなのだろう。

 

 

2017年をゆるっと過ごすために心がけたいこと

 今週のお題「2017年にやりたいこと」

 

 

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。ポンコつっこです。

 

 

今年は酉年ですね。私も一応アヒルキャラなので何らかの縁を感じなくもないです。例年通りジャニーズカウントダウンを視聴しながらの年明けでした。特に何かしたわけでもしてないわけでもなく淡々と過ぎていく毎日を眺めながらもやはり年の瀬というのは今までの色々なことを思い出し感慨深くもなるのです。

 

いつも新年の目標をいつもたてていたのですが、目標に縛られたり自分に枷をつくる生き方を少し変えてみようというのが今年の抱負です。皆さんは目標たてますか?たてませんか?どちらもいいことだと思うのですよ私は。

頑張れども頑張れども追いつかない己の心の扱い方をじっくり考え直す一年にしたいです。そのほうが目標をたてることより私に必要なことだと思うからです。今あるものを大切にできる心身を作りあげていく、という私の希望は一年だけでは完成はできないだろうけど、その足掛かりとなる一年になれたら素敵だなと思います。

 

ゆるく柔い人間になれたらいいな。固定概念の殻を剥ぎ、穴の開いた自尊心の土壌を育み、色々なことをゆるやかに受け入れられる人間になれたらいいな。最近はそんなことを良く考えています。このブログもゆるやかに継続していきたいと思っているので、これからも細やかなご縁があることを期待しています。

 

それでは今年もよろしくお願いします。

 

 

もううんざり!っていいたくなるほどたくさんある「〇〇のオススメ〇選」シリーズ5選

 

Welqなどのキュレーションサイトが話題の昨今ですが、ここ数年で所謂まとめサイト的なものがたくさん見受けられるようになりました。そこで今回は「これ見たことある〜!」と思わず言ってしまう〇〇の△選シリーズの見出しを列挙してみます。

 

①えっ!臭ってる?口臭の理由5選

 

健康に関するサイトでよく見かけます。だいたい前日お酒を飲んだからとか、食事に関する理由が多いです。そして対策としてローズの香りがするサプリを進められます。だいたい宣伝です。

 

②モテる人がやってる特徴5選

 

男女ともに多いのがこのネタ。確かに誰でも関心のある内容なのでアクセス数が稼ぎやすいのでしょうね。でもその記事を書いてる人はモテるのかしら?疑問です。

 

③仕事ができる人の習慣5選

 

できる人になるのは誰でも憧れますよね。仕事ができる人の習慣は真似したくなります。個人的には書いてある内容が些細なものでも、少しでも参考になるものがあれば取り入れていきたいです。でも「仕事ができる人は朝30分カフェで過ごしてます」とか書いてあると、「でも朝からカフェに行ったらお金かかるし...」と考えてしまいます。まあケチなんです。

 

④オススメのデートスポットスポット5選

 

恋愛ネタはどこに行ってもありますよね。だいたいスカイツリーとか水族館とかメジャーなスポットが書いてありますが「寺」とか紹介されてると少し心が躍ります。でもわざわざデートじゃなくても一人でいけば良くない?

 

⑤今年オススメのクリスマスプレゼント5選

 

意外とたくさんの人が参考にするのでしょうね。ブランドものの紹介が中心なことが多いです。あとはちょっと高めのレストランでの食事とか。私は逃げ恥の平匡さんみたいに現金をもらいたいですけどね。それか5万円分の旅行券。

 

 

いかがでしたか?

 

見たことのある見出しはありましたか?どのまとめサイトでも同じような内容を取り上げますが、丸ごと参考にするよりも参考にしながらオリジナリティを加えていくのが望ましいと思います。キュレーションサイトも読者次第で有益な情報になることは間違いないでしょう。あとオススメの旅行券があったら教えてください。

 

 

ポンコつっこ