読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

父の13回忌をしようと母が言った



家の近くの小学校で運動会の練習が始まった。どうやら今年の高学年はソーラン節をやるらしい。なんで日本の学校は運動会でソーラン節をやりたがるのかと考えていたら、そういえば自分も運動会でソーラン節を踊ったことを思い出した。

記憶が朧げなのはその運動会と父の亡くなった日が近いからだと思う。父が自殺した日から一週間近く学校を休んだので、ほとんど練習しないままソーラン節を踊ることになった。今考えるとよく踊りきったな私!と自分で自分を褒めてやりたい。


父が亡くなったときに持ってた携帯はたしか64和音だった。当時は64和音といえば超スゲえ!!奏でるリズムやべえ!!と騒いだものだ。携帯にカメラがついて間も無いころだろうか、とにかくいろんなことが革新的だったように思える。
父は割とそういった電子機器は好きなようだった。最新機種の携帯が出ればすぐに買い換えてしまうような人だ。父よ、今ではスマホというものがメジャーになっているんだよ。タッチパネルでスイスイ操作できてしまうんだよ。あなたはこんな未来を想像だにしていなかっただろう?勿体無いな、生きてたらきっと今頃iPhone5sでサクサクLTE生活を送れていただろうに。



先日母が父の13回忌をやろうと思うと言ってきた。そもそもなんで13回忌なんてやるんだろうと思って検索してみた。しかし仏教なのかそういったものに疎い私は説明文を読んでも意味がわからなかった。まぁいいか、そういうものなのだろう。四十九日も3回忌も13回忌もそれらの儀式は亡くなった人の弔いのためにやるものとされているが、実際のところ遺された人達のためにこういった儀式があるのではないかとさえ思える。
13回忌は私にとってなかなか絶妙なタイミングだった。母ももしかしたらこういった儀式を通して自分の中で区切りをつけたいのかな、と思った。


父と母は長年の恋人関係の末に結婚した。周りからみれば羨ましがられる典型的な結婚だ。私は父と母がどんな恋人同士だったのか知らない。というより聞けないのだ。どんな言葉が母の琴線に触れるかわからないから。

母はとても明るい。父が亡くなってから泣いてる姿をほとんどみない。幸い母は友人には恵まれており、よく週末には遊びに行ったりしている。娘の私としてはその友人達にはとても感謝している。
しかし私がそうであったように母も誰もいないひとりきりの場所では父を思って涙を流したりしたのだろうか...と考えるだけでどうしようもなく苦しくなる。私はこの思いから、年越しは必ず家で過ごすようにしている。年越しを一人で過ごす母のことを考えるのが苦しいのだ。母のためというより、自分のためだ。


「13回忌までやれば、もう充分でしょう」という言葉に、私は「そうだね」と返すことしかできなかった。