あの頃、私達のランドセルはボロボロだった



私は普通の地元にある公立小学校に通い公立中学を出た身なのでそこらへんに思いを馳せながら今日はつらつら書いていきます。

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最近は私立の小学校に通う子が増えているそうで、小学校の教員をしている友人に話を聞くと色々ジェネレーションギャップを感じる。
例えば給食で牛乳を出さないという話が広がっているらしい。確かに前にニュースになっていた。
小学生のころはよく牛乳を飲んでいた。給食はやっぱり1番の楽しみで、もそもそのコッペパンを牛乳で流しこんだり、デザートにイチゴがでたらいちご牛乳をつくって飲んだりしていた。そういった意味で牛乳は給食と切っても切れない関係にいたわけだが、最近は一人一人水筒を持参するらしい。もそもそのコッペパンと牛乳のコラボレーションが現代の小学生は味わえないのかと思うと少しさみしい気持ちになる。

電車の中でくたびれたサラリーマンのように眠り込んでいる制服姿の小学生を見たときも同じような気持ちになるのだ。

あの頃、私達のランドセルはボロボロだった。放課後の校庭開放での場所取りのためにランドセルを放り投げて校庭へ駆けていくからだ。
ケイドロ、ポコペン、一輪車に竹馬...いろいろな遊びをした。16時になって学校が閉まると今度は近所の公園に集合だ。一旦家に帰ってランドセルを置いてから公園に向かうのだ。今思うとランドセルは背負うものというより放り投げるものだった。

電車内で眠り込んでいる小学生を見ながら、私はこんなことを考えるのだ。



「この子のランドセルは綺麗だな」



教育環境の整った私立の学校に行くことが今時のベターなのだと思うのだが、正直私は小学生の間くらいは砂場で擦り傷つくって遊びまわるような生活をしていたい、させたいと思う。これはあくまで理想であって、そのときの状況によって考え方も変わるかもしれない。




最近私の近くの小学校では運動会の練習が始まった。私のころは一学年3クラスあった学校も、今では1クラスになった。運動会で高学年が組み体操をやるのが毎年の目玉であったが、近頃ではやらなくなってしまった。人数が少ないし、危険だという声があったかららしい。
今でも覚えているが、小学6年のときの組み体操の最後のリハーサルの日は土砂降りだった。でも最後にみんなで練習しようという声を受けて先生はリハーサルをやることに決めたのだ。雨で校庭の砂はドロドロだった。私はピラミッドの一番下だったので、ドロドロで体操服は汚れるし、膝は砂利で痛いし、とにかく大変だったのだが、リハーサルが完璧に終わったときみんなで喜びの歓声をあげた。リハーサルなのにみんな泣いていた。馬鹿みたいな話だが、私達はひとつになって全力で組み体操に取り組んだのだ。
本番も大成功だった。


私立への流入や少子化の煽りもあり、地元の公立小学校の運動会がだんだん小規模になっていくのを観るのもさみしいものがある。地元に愛を感じるのもこういった公立学校での経験があるからだと感じる。


今私立に通っている子達が大きくなって進学したら、公立学校と私立学校の進学率も目に見えるほどに違いが出てきてやっぱり私立に入れるのが良いというのが世の中の声になるのかもしれない。

それでも私は電車で眠り込んでいる彼等の姿をみていると少しさみしくなるのだ。組み体操もなくなり、夏休みのラジオ体操も廃止になった。地元の駄菓子屋も閉店し、公園で過ごす子供も減った。

勉強と引き換えになにか大切なものを彼等は失っているのではないかと感じた。


これが懐古厨というものだろうか。





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ポンコつっ子


翌日の更新
20代半ばの女の結婚観という名のなにものか http://ponkotukko.hatenablog.com/entry/2014/05/21/121546