落日の彼方に向けて



電車に乗りながら思うことは、乗客一人一人がどんな人生を送るのだろうという途方もないことだ。


すれ違う人達の人生を空想する。私の電車の中での微かな楽しみだ。

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人と人には必ず別れがくる。私と父が最後に言葉を交わしたのは十数年前の今日のことだ。あの日が落日だと知ることができたならば、私の過ごし方だって少しは違っていただろうに。



十数年前の父は何を思って生きていたのだろうか。



よく覚えている。あの日父は昼前に出かけて帰ってきたのは夜だった。「ラーメンを食べに行ったんだよ」と父は言っていた。我が家には馴染みのラーメン屋さんがあった。いわゆる横浜家系ラーメンなのだけれど、並盛を食べきれない私の分を父が少し食べてくれた。いつも父が食べていたのは中盛。大人の男の人ってすごく食べるんだなぁと思っていた。今では気合いをいれれば私も中盛を食べられる。味濃いめ麺固めが父の好みで、私も家系ラーメン屋さんにいくとついつい同じ好みを選んでしまう。家族というのはそういうものなのだろう、今でも私の中で家系ラーメンは哀愁の味なのだ。

そのラーメン屋は今はもうない。



父は厳しい人だった。それを象徴するエピソードをひとつ紹介しよう。

父と一緒にお風呂に入っていたときのことだ。

湯船の中で人差し指をクルクル回して渦をつくる。これができるようになるまでお風呂は出ちゃいけないという課題がだされた。なんというスパルタ教育だろうかと思った。また父の謎の熱血教育が始まったよと思った。とにかく渦をつくらなければお風呂を出られない。私は必死で渦をつくった。父はコツを説明したりするのだが、そもそも渦をつくってなんだというのだろうか。なんでこんなこと強いられているのだろうか。時折起こる父の熱血教育を半べそかきながら受けた。

結局30分ほどして出来るようになり、お風呂をでることができた。安心感と達成感でいっぱいだった。お風呂上がりの麦茶が美味しかった。




昨日お風呂に入っていてそのことを思い出したのだ。ふと横を見ると浴室の壁には小さな虫がついていた。普段なら潰してしまうのだけれど、そのときはなんだか生かしておきたい気持ちになって、虫を放っておくことにした。



そして私は人差し指で渦をつくってみた。

30分かけても渦はつくれなかった。

壁を這っていた虫は自ら湯船に落ちて死んでしまった。



私は風呂を出た。