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優しい人とはなんなのか

思考


優しさとはなんだろうか





父のような優しさは大事なときに叱ってくれる厳しさのことを言うのかもしれない。



母のような優しさとは何もかも受け入れてくれる包容力のことをいうのかもしれない。




幾万もの形の優しさがこの世にあるのなら、「優しい人」になるにはどうすればいいのだろう?



よく「あなたって優しすぎる」とか「誰にでも優しい人ってずるい」という言葉を目にするけれど、優しさだけじゃダメというのも不思議な話だ。
この例の「優しさ」とは「甘さ」とも言い換えられるのかもしれない。甘さがある人というのは自分に対する甘さを相手に投影していたりもするから。優しさを見せることで得られる見返りを求めて優しい人を演じる人もいる。

だからと言って優しすぎる人達が一概に悪いというわけではなく、むしろ不憫だなぁとすら思うときもある。少し話がそれてしまったが、「優しい人」についてありふれた回答をするならば優しい人は厳しさも合わせ持っている人のことを言うのだと思う。
言うべきところで言うべきことを言う。自分に火の粉が降りかかろうとも、相手のためを思って言うべきことを言う。
相手のためを思ってというのはなかなか難しいもので、100%相手のことを思って言えていると自信を持って言えることってあんまりないと思う。そこに自分の感情が混ざっていたり、いろいろいろな感情がそこには含まれているだろうから。でも自分の感情がないまま相手を指摘するってそれも無味乾燥な行為だななんて思ってしまう自分もいる。


母のような包容力を持ち、父の様な厳しさを持ち、それを相手の求めるものを汲んで適切に対応できる人を優しい人というのだろうか。


なんだかそれも...とまごついてしまう。いつでも適切な対応をとる人間ってすごいし尊敬するけど、そんな完璧な人がいたらその存在自体が「優しい人」とは真逆の存在な様な気がしてしまう。


もう答えのでないことばかりをああでもないこうでもないと考えるのは私の悪い癖だよなぁと思いつつ、そんなことに思いを馳せることに幸福を感じてしまっている部分もあるので、人間とはなんとも非効率的な生き物だなぁと思うのである。



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(余談:好きなチョコバナナ選んでいいよと言われると優しさを感じる)



読んでくださってありがとうございました。


ポンコつっ子