そして涙の海ができた



みなさんこんばんは



私は今日ちょっと知人の初盆にお線香をあげに行ってまいりまして、まぁなんとも思いを吐き出す場所もなくかといって自分の内に溜め込んでおけるほど逞しくもなく、この場を借りて少し気持ちの整理も兼ねて書かせていただいております。



私も20代半ばになりまして、まぁ年齢の割には身近な人の死に関わる場面が多かった人生なのではないかと思っているんですが、私はこうやってここで吐き出すことができておりますけれども、全く気持ちの捌け口もなく過ごしている人のことも含めると世の中いったいどれだけの人達が問題を抱えて生きているのだろうかということを考えたりします。

私は私の人生を今は肯定できるようになったけれども、その過程がどれほど苦しいものかということも身にしみて感じてきたものですから、できれば私のような思いをしている人が少なければいいなぁなどと思うわけです。

人が人を失うということは世の必然でありながら私達は喪失というものに弱く脆くつくられていて、そして今まで幾万幾億もの涙が流れてきたわけです。私達は元は海から生まれた生き物ですが、そこから私達は心の動きによって涙を流してきたので、私達は海から生まれ海に帰るといっても過言ではないのではないかと思います。

海のバカヤロー!!と叫びたくなるのも、私達が流してきた涙に対してバカヤローと叫んでいるのだと思うと、全く人というものの不器用さと、それに合わさるように愛おしさを感じるのです。


人を亡くすということはなんど経験してもつらく悲しく、しかしこれに慣れてしまったら私はもう人ではなくなってしまうと思い、ならばこの悲しみこそ愛なのだということを日を追うごとに実感するのです。


亡くすことが人の必然ならば、その必然を私は享受しようと思います。そのような人でありたいと深く思うのです。









ポンコつっ子