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絶望を希望へと変えていく方法




イギリスの評論家、ウィリアム・ハズリットは言いました。
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幸運は偉大な教師である。不運はそれ以上に偉大な教師である 


この言葉に習えというのは難しいと思いますが、私自身も不運が秘めている可能性についてはたいへん期待を抱いております。不運を自分の中で折り合いをつけて受け入れることができたとき、人は一回りもふたまわりも大きく成長していることと思います。
絶望=不運と定義づけるのであれば、不運は己を成長させる糧になる可能性を秘めています。ただこれを糧としていくまでには苦痛、苦悩、様々な葛藤が生じてくることでしょう。私はその方法を皆さんに説明することはできません。私のケースが万人に同様に当てはまるとは思えませんし、なんだか強いてしまっているような感じがしてあまりやりたくありません。
なので私の絶望が希望と変わった一例を紹介して皆さんの都合の良い様に解釈していただいて、いつか何かおきたときにあぁあんな例もあったなぁと思っていただければいいなと思いながら書いていきたいと思います。



・絶望を受け止めるだけで精一杯だった第一段階

私はこのブログで大切な人の喪失についてよく書いているので、今回もそのことを例として書いていきたいと思います。

私の場合ではありますが大切な人を亡くしたとき、まずはその出来事を現実として受け止めることにそれなりの時間を要しました。まず大切な人を亡くすと生活が変わります。今まで自分を取り巻いていたものがなくなった生活を現実として受け止める、これは時間もそうですがまずは生活の維持という点だけでもいっぱいいっぱいだと思います。でもそれが現実だと受け止めることができたならもう貴方は絶望を希望へと変える過程の半分は越えられたと言っても過言ではないでしょう


・絶望との葛藤に悩まされる第二段階


ここが大変つらい部分だと思います。「なぜ自分がこんなめに」「自分だけがこんな思いに」。周りが見えなくなってしまいそうな葛藤時代。このときに人は自暴自棄になったりしてしまいます。私はそれを弱さだとは思いません。人として真っ当な心の反応だと思います。でもこのとき気をつけてもらいたいのが自暴自棄になるとしてもできるだけ健全な方向へ向けてもらいたいということです。例えば酒を浴びるほど飲んだりすることもあります、これによって依存症になってしまったならば、貴方に降りかかる課題がもうひとつ増えてしまうことになるので、絶望とその課題を抱えていくことは大変な苦悩であるということを頭の片隅にいれておいてもらいたいです。これは私自身が後悔している部分でもあります。
自暴自棄になるとしでもできるだけ健全な方向へ。


・誰かに思いを吐き出してみたい第三段階


第二段階と合わせて行なっていただいても構わないと思います。自分の抱える葛藤を誰かに話してみるのも良い方法です。話す相手がいないと思ったら電話相談でも良いと思います。
自分の思いを言葉にして伝える。これができると貴方の心の中も少し整理された状態になっていると思います。また整理されていなくても、人に話すことによって整理される場合もあります。心に余裕ができたら人に話してみましょう。


・そして絶望の受容へ

ここまで読んでみてなんか普通のことばかり書いてるなぁと思った方もいると思います。でも実は普通なんです。何が違うかといえば絶望の与える自分へのダメージの大きさと人に話すときの不安あたりでしょうか。
自分の中に抱える思いを自分の糧にしていく際に、他人という鏡を通して自分をみることはとても効果的だと思います。自分を客観視することで自分の思いを改めて知り、受け入れることができるようになっていきます。そんなの無理じゃんと思った人は、貴方がその葛藤の途中にいるのだということだと思います。苦しくなったら健全な方向へ吐き出すこれさえできていればなんとかなると思います。
それ以外の場合に関してはまた別の機会にでも書いていければいいな。



それでは内容のわりにダラダラと長くなってしまいました。読んで下さってありがとうございます。



ポンコつっ子