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自己顕示欲も承認欲求も要はどう付き合うかなんじゃないかな

思考 カルチャー


私ブログとTwitterを中心に活動しておりますが良くみかける「自己顕示欲」と「承認欲求」について話してみるのもいいんじゃないかなと思いまして、たまには話題のネタに乗っかるのも悪くないなと思いまして今回記事にした次第です。

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「自己顕示欲」:自分の存在を社会にアピールしたいという欲求。自己顕示欲の強い人は、一般的に「目立ちたがり屋」と言われる。

「承認欲求」: ほかの人から「褒められたい」「認められたい」欲求、本能のこと。自らが「価値ある存在」であり、「尊重される」ことを求める欲求。




このふたつの言葉はネット界隈ではわりとネガティブなイメージを持たれているのではないかと思います。

確かに「俺を!俺を!俺をみてくれ!」って声高に叫んでいる人がいたら引いてしまう思いもありますし、「俺を!俺を!俺を認めてくれ!」って言われたらなんだか認めにくい気持ちにもなりますね。

でも自己顕示欲や承認欲求自体が悪いものだとは思わないです。むしろある程度持っていたほうがいい価値観だと思います。


私はおそらく自己顕示欲も承認欲求も高めの人間です。それが良く働くときもありますし、逆に悪影響を及ぼすこともあります。


例えばブログと合わせてTwitterを始めたことで普段ならなかなか話すことがないような人とも関わる機会を持てました。これは「俺だよ!俺だ!俺!」とTwitterやブログでアピールを無意識にしていたんだと思うんですよね。自己顕示欲が働いていたんだと思います。これが私のなかでは色々な話を聞けていい勉強になっています。ここは素晴らしいインターネッツですね。



逆に悪く働いた例というのも難しいのですが、私はブログをはじめる際にある程度主軸となるものは決めていたのですが、毎日更新が当たり前のように当初できてたのは無職だったからという部分も多分にあります。そしてこれをもう少し掘り下げると、「無職の間に自分の居場所のようなものをブログやTwitterに求めていたのかも...」という考えが浮かんでくるのです。ある意味安直なロジックなんですよね。無職で時間を持て余していると自分に自信をなくしたりしました。そこを書くことで補おうとしていたのですからね。
だから当時は「無職なのに偉そうに意見するな」という様なご意見もいただきました。社会人になった今だから言えるんですけれども、真っ当な指摘だなぁと思います。顔真っ赤っかでした。恥ずかしかったし情けなく思いましたね。決して無職が悪いと言いたいわけではなく、人間は社会の中での自分の居場所というものを無意識に求めていて、だからこそブログやTwitterに居場所を求めていたんだろうなと思います。だからこれは承認欲求が空回りして恥ずかしかったお話しです。



失敗と成功を繰り返し今に至るわけですが、まぁ私は自己顕示欲も承認欲求も付き合い方次第だと思うんですよ。自分の存在を世の中に主張していくことだって大切なことだし、認められたいと思う気持ちだって人間なら当たり前にある。
ただその思いの主張をできるだけ健全な範囲で安全な方法でやっていきたいですよねってことでね。


例えば具体例出しちゃうけど意図的な炎上記事でアクセス数稼いで承認欲求を満たす、とかね。最初はいいかもしれないけど慣れてしまったときのことを考えると怖いですね。気づいたらそこは焼け野原だった...という可能性だってありますしね。


だから自己顕示欲や承認欲求や異性とも上手に付き合っていきたいですね。




さて、実はこんな記事を書いたのも昨日Twitter

ってつぶやいたらいろんな人が応援してくれて具体的にアドバイスくれたりとかしてありがたみを感じるとともに猛烈に恥ずかしかったのでその戒めの意味もあるんですよ。

ブログとTwitterではそれぞれ違う自分を出していきたいっていうのがポリシーなんですけど最近Twitterはひどいことになってます。



ポンコつっこでした。