ムダ毛処理から考える人間の思考


世の女性諸君、寒くなり肌の露出も減る季節になりましたがムダ毛処理をサボってはいないだろうか?


世の男性諸君、毛は男の象徴だと開き直ってムダ毛処理を怠ってはいないだろうか?



冬は恐ろしい。服という武器を纏えばどんなムダ毛にも気づかれることはないのだから。服の下に毛の鎧を纏っているようなものだ。もちろん防御力は皆無だ。むしろ見る人によっては攻撃にも転じることとなる。ムダ毛とは恐ろしいものである。

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ところで、ムダ毛処理を怠るときの自分の心境をイメージできた人はどれだけいるだろうか?「めんどくさい」とか「どうでもいい」という一言で片付けてはいないだろうか。
なぜムダ毛処理がめんどくさいと思うのか、めんどくささの理由まで突き詰めて考える人などほとんどいないだろう。しかし人の「めんどくさい」という思いに理由はある。人の感情には理屈がある。どこから、どういった経緯で、どのようにしてそう思ったのか、幸いにして人間には理屈を考える頭が備えられているのだ。


これは人間に与えられた特権だと私は思っている。理屈をこねて、理論建ててものを考えられるのは人間の特権だ。


決して感情だけで物事を判断することを否定するつもりはないが、感情だけで物事を判断するとき、人は理論的な思考を選択しないという権利を選択しているのだ。


理屈っぽいだろうか。しかし理屈っぽいのが人間なのだ。怒りを理論で鎮められるのは人間の特権だ。喜びを理屈で押し上げるのは人間として生まれた価値なのだ。


面倒ならば心にムダ毛がいっぱい生えていると思えばいい。ムダ毛には一本一本生えている理由があるのだ。ムダ毛処理とはその理由を自分なりに解釈して飲み込んでいく行為に等しい。
だからムダ毛処理を怠るな。ムダ毛処理は人間に与えられた特権なのだから。