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「あなたに私の気持ちはわからない」の不毛さ



はじめに

私は良き理解者がいると思っていますしそういった理解者を得ることは可能だと思っています。題名からするともしや人に理解を求めるなという話になってしまいそうですがそういうことではなく、良き理解者になるため、良き理解者を得るための心構えというものをこの記事で書いていきたいと思います。


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「あなたに私の気持ちはわからない」と言いたくなるときもある。


正直そんなときもあります。例えば生活状況であったり、健康状態であったり、ほんの些細なことでも他者に理解を求めたとき、そしてそれが上手くいかなかったときに「あなたに私の気持ちはわからないよ」とやさぐれた思いを抱くことがあります。
これは言い換えると「なんで私の気持ちをわかってくれないの!!」という心の叫びでもあり、「わからないと諦めたほうが楽かもしれない」という小さな絶望のようなものでもあります。まぁ大抵、こんな気持ちになるときって孤独感でいっぱいいっぱいなんですけどね。



他者に全てを理解してもらうのは難しい


常日頃思っていることですが、自分の全てを理解してもらうのはとても難しいです。理由は様々ですが二つ要点を挙げるとすれば、「自分の思いを全て言語化すること自体が難しい」「人の思いは時間とともに移ろいいくものである」というところでしょうか。

「あなたに私の気持ちはわからない」と言いたくなったときを思い出してみてください。自分の思いを全て言語化できていたでしょうか?なかなか難しいことだと思うんですよ。表出する思いと内に秘めた思いがいつも一致しているとは限らないですよね。
もう一つは例えば今考えていることを明日また同じ様に、同じ理屈で、考えているケースがいくつあるでしょうか。自分の生育歴ひとつをとっても、その捉え方は日々変わっていきます。


私自身が、自分の思いを、いつもどれだけ他人に伝えられているだろう?


少し考えてみてください。




全てを理解してもらわなくてもいい。


私は冒頭で「あなたに私の気持ちはわからない」と言いたくなるときは孤独感でいっぱいいっぱいであると述べました。
恐らく個々に「これを理解してもらわないと私を知ったとは言えない」というようなこだわりポイントがあるのではないでしょうか。
私事としましては「うつ病」と「自死遺族」、この二つを押さえてもらえると「あぁだいぶこの人には私の大事な部分を理解してもらえたかな〜」と思います。

自分が一番どこを理解してもらいたいのか、その時その場所においてどこを押さえてもらえるとありがたいのか、これが自覚できてるだけでだいぶ楽になりました。だってそこの言語化を頑張ればいいのですから。




自分が理解者になりたい場合は?


理解者というと仰々しく聞こえるかもしれませんが、まぁ相手のことを理解したいと思ったらどうしようかという話です。
これは先程お話しましたように、その人がどこを理解してもらいたいと思っているのかというところにアンテナをビシビシ張りたいですね。全てを理解した気持ちになるのはちょっと怖いです。人の気持ちは変わるものですから。その変化も一緒に見つめていけたら一番良いと思いますけど、場所が限られていたりいろんな条件はありますからね。「私はこの人のことをわかりたい」という思いを持ち続けて関わることができればいいのかもしれません。




あなたに私の気持ちはわからないと言った自分や他人を許してみよう。


気持ちに余裕がなくなったときにこの言葉が出てくるんだと思います。そんなこと言いたくなるときも誰だってありますからね。誰だってあるんです。自分にだってある。だから他人がそう言ってしまう気持ちも少しはわかるかも。そこが少しわかったら、相手の良き理解の入り口に立っているのかもしれませんね。







おわり