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ティッシュ配りの兄ちゃん≒インターネット傷心者

カルチャー


あなたはティッシュ配りのアルバイトをしたことがあるだろうか。配れども配れども無視をされ続ける。もし受け取って貰えても一番大事なチラシ部分を目の前で捨てられることもある。正直言って苦行だ。いくら仕事とはいえこうも他人に蔑ろにされると堪えるものがある。


その苦痛の対価が賃金だと思わないとやっていられない。それなら売り子をしていたほうがいいや、だって売り子は求める人が集まってくるからね。そんなことを考えた学生時代の自分。




ブログなりTwitterなりでインターネットを利用しているとティッシュ配りをしていたときと同じ気持ちを感じることがある。デジャヴ感というやつか。
インターネットでは様々な人が様々な主張をしている。わたしもその一人だ。インターネットの中で自分の思いを吐き出している、他人へ向けて。だけど無視されることもある。インターネットだからね。ティッシュ配りの状況と一緒だ。無視されたり、自分の一番伝えたいことが伝わらなかったり、誹謗中傷を浴びたり。どうしたってどうしようもないこともある。それがインターネット、されどインターネット、顔の見える関係ではないし、気にしなければいいのだ。ティッシュ配りよりよほどマシ。無視されたことに気づかなければいいのだから。


ティッシュ配りをしていれば、どんなにつらくともお金という対価が得られる。

ならばインターネット、そこで得られる対価はなんだ。なんのためのインターネット、誰のためのインターネット。傷ついた心に何を得るのか。

インターネットにはお金以外の対価があるのだろうか?