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コミュ障なんていないのだ




コミュ障なんていないのだ。コミュニケーションは他者との相互作用なのだから、一方にだけコミュニケーション不全の原因があるなんてわけがない。そう思うのは私だけだろうか?


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自己紹介が苦手な人は少なくないだろう。私もその一人だ。大勢の人の前では緊張もする、冷や汗もかく、話は噛むし良い自己紹介が行えたという試しがない。
友達をつくるのも苦手だ。最初の一言をなんと言えばいいか悩んでいたら気づけば10分経っていた。面接なんてもってのほかだ。いくら台本を準備したところで想定外のことが起これば対応できずあたふたする。

相手の気持ちを汲み取る自信がない。言葉の裏を読む力もない。私のコミュニケーションなんていうのは大概が直球ど真ん中ストレートだ。

何を持って他人の気持ちを汲み取れたというのだろう?そもそも相手は気持ちを汲み取ってもらいたいと思っているのか?伝えたいことの真意は?そんな確認作業が行える場所は限られている。そんな中でコミュ障とはなんだろう?



誰だって得手不得手な相手はいるし、伝えることが上手い人、聴くことが上手い人、色んなパターンの人がいる。心はいつだって変化するし、タイミングによって考えも変わる。そんなこと当たり前。ねぇ、じゃあコミュ障ってなんだろう?



私は思う。コミュ障なんていないのだ。自分のことをコミュ障だと思っている貴方、コミュニケーションが上手くとれないのは自分のせいだと思い詰めてはいませんか。コミュニケーションは他者との相互作用、他者との心の交わりによる化学反応。一方の物質だけで大きな変化は起きない。コミュニケーションが上手くいかないと思ったとき、貴方に原因があるかもしれないけど、相手にもだいたい理由があるものだ。もしかしたら相手も貴方と同じことで悩んでいるかもしれないと考えてみたことはある?



コミュニケーションは時間をかけて行えばいい。時間が薬になるから。少しずつ相手の言葉の意味を考えて行けばいい。毎回大当たりを引かなくてもいい、はずれがあったっていいんだ。大当たりを引くより大切なのは、相手がはずれを引いたときに「そんなこともある」と受け入れ許すことだ。コミュニケーションが苦手なら苦手だと先に伝えてしまえばいい、そのほうが相手に貴方の思いが伝わるだろうから。




コミュ障という言葉に惑わされるべからず。コミュ障なんていないのだ。むしろ言うならば世の中の人間みんながどこかしらコミュ障な部分を抱えているのだ。だからこそ、それを受け入れる心が問われているのではないだろうか。