大人っていうのは完璧な存在だと子供のころは思っていた


大人っていうのは完璧な存在だと子供のころは思っていました。例えば小学1年生のころに小学6年生がえらく大人びた存在にみえていたように、子供のころは大人というものが非現実的で完璧で、「こいつ...強い...!!!」と思ってました。自分が大人なるなんて想像もできませんでしたし、想像できなかったからこそ「二十歳くらいになれば自分も完璧になれるんだろうな〜(鼻ホジホジ)」くらいに考えていたんです。あなたにもそんな時期ありましたか?

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でも歳をとればとるほど「大人って未熟だなぁ」ということに気づきました。大人だって感情のコントロールが上手くいかないときもあるし、酒に酔って子供でも見せないような恥ずかしい姿を見せることもあります。なんだかいつのまにか大人の階段を上っていて、シンデレラになれると思ってたのに死んでれらになっていました。はい、こんな親父ギャグをいうのも大人だからです。「うんち」という言葉だけで爆笑していたあのころが懐かしいです。


むしろ歳を重ねるほど自分の苦手な部分や嫌いな部分が露呈してきて、自分ってこんな人間なんだなって思えてきます。子供のころ抱いていた「大人は完璧スーパーマン」というイメージは幻想だったということに気づかされるのです。どうしたらスーパーマンになれるのか努力するのが大人です。スーパーマンになることを諦めて自分を成長させることを放棄するのが大人なのか、大人になると自分の天井がみえてきたりするけど、だからといって開き直りたくはないわ。だって大人はスーパーマン。近所の小さな子供達からしたら、私はもしかしたらスーパーマンなのかもしれないのだから。

なんでもできる存在が大人というわけではなく、自分の弱さや苦手なこともあるということを認めてそこをなんとかしていくのが大人だと思うんですよね。幼稚園のころの将来の夢はセーラームーンになることだったけど、今ではセーラー服を着ることすら恥になる年齢になってしまいました。ガハハ!!こうやって最近は「大人」の在り方について考えることが増えてしまいました。でも私、まだセーラー服着てもいいですかね?しかしですね、着るより脱がせる、そっちに意識が向いたら大人でしょうね。