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「うつ病の人に頑張れって言うな」って言うな

メンタル


うつ病の人に頑張れと言ってはいけないという風潮がありますよね。でも一概にそうとは言えないじゃないですか。うつ病の人だって頑張りたいときはあるし頑張れって言ってもらいたいときだってあるんですわ。
誰にも頑張れって言われないのも辛いですわ。周りの皆が腫れ物を触るように接してくると逆に心が痛いですわ。頑張れを言わない代わりに別の言葉を投げかけられたってそんなもんに中身がそうそして輝くウルトラソウッ!!\\ハァイ//が入ってるなんて思いません。思えないです。あなたの言葉に魂はあるんですかと貴方がたに問いかけたいんですわ。


上辺だけの言葉に囚われて大切なものを見失って自分自身も見失って周りの顔も歪んで見えるそんな世の中さみしいじゃないですか。


世の中所詮独りだと思っていた時期が私にもありましたどうせこんな人生に光はささないと思っていたこともありました独り枕を涙で濡らす夜は泣き叫んでもひとりせきをしてもひとり誰にでもいいから大丈夫?と声をかけてほしかったそして大丈夫じゃねえよと怒鳴り散らしてやりたかったそれくらい人生を悲観していたしうつ病真っ最中のときってマジでそんな風に考えてしまうし治したくてもなかなか治らないしそんな自分が嫌いになったり情けなくなったり失敗失敗また失敗でどうにも先行きが不安になるんですよそれくらいうつ病って恐ろしい病だしひとりで治すのは超至難の技だと思うんですよね。


言葉より大切なものがあると思うんですよねそれがなんなのかと聞かれたらそんなん人それぞれだと思うんですけど例えば私の場合は人との関係性が最も重要視されるわけで見知らぬ人に言われる良く頑張ってるねよりお母さんに言われる頑張れ馬鹿野郎のほうがよほど心に響くんですわ。
要は誰といつどのようにどんな風に過ごしてきたのかそれにより言葉は魂を纏うわけだと思うんですよねだからうつ病の人を前にしてどんな褒め言葉をかけるよりも日々見守り対話していくことのほうを大切にしたいんですよだって杏子もひとりぼっちはさみしいもんなって言ってたじゃないですかあれはさやかに対する最大の魂の込もった言葉だと思うんですよねだからこそさやかは杏子に救われたわけで私は杏子にはなれないですけど人生という舞台にマイクを置くその日まで杏子のような人で在りたいと思うわけですねそして今うつ病で苦しんでる人達にいずれ生きていてよかったと歓喜の涙を流すことを伝えたいしできれば私が思っている大切な人がうつ病になったら一緒に涙を流しながらこんな生き方だってありだよだって私達は人生初級者なんだからってビールとえいひれと唐揚げを屠りあいたいですね。

うつ病の人に頑張れって言ったっていいんだそこに確固たる関係性があれば魂はこもるんだだからいくら一般論で頑張れっていうなって言われてもここぞというときこの人になら言わないと気が済まないと思ったら頑張れって言ったっていいそのあとホットミルクを一緒に飲んでくれたらもっといいただ一緒にいるそれだけで心は癒されるのだから。