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若者の新聞離れ〜情報の取捨選択が困難な現代〜


今朝なんとなくこんなツイートをしましたのでね


あくまで主観ですし偉そうなこと言って私も新聞はあまり読まないんですけれども。なんとなく感じるのは昔より新聞の必要性が揺らいできているということなんですよね。


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現代にはスマホもPCもタブレットもありますから朝の朝刊が届くことを待たずとも好きなときに情報を手に入れることができてしまうんですね。隙間時間を有効活用とまではいきませんが、暇つぶしに新聞を読む時代から暇つぶしにスマホをいじる世代へと変化していってますよね。


電車内では新聞よりもスマホをいじる人が多い。


また新聞に真実が書かれているわけではないという価値観もわりと浸透してきたのではないでしょうか。新聞社によって同じニュースでも報道の仕方が様々ですね。その中から自分の受け入れやすい伝え方の新聞を選べばいいわけですが、その手間を考えるとネットに頼ってしまったほうが楽ですよね。ググったら出てきますし。


私達が今生きているのは情報を得ることが比較的にも自由ですよね。これは素晴らしいことではありますが、自由という権利は責任も付随することがほとんどです。

新聞の情報を信じられなくなった人々はネットに助けを乞うわけですが、匿名掲示板等で情報交換を行いながら自分なりの情報の取捨選択をしてきたのだと思います。自分にとって正しいと思う情報を選べるということは必ずしも有益ではないと思います。

ネットの発言に責任が伴うのは100%ではありません。自分がその情報を選んでも誰も責任を持ってくれません。自由と責任はいつも光と影の様に繋がっている。ネットの情報が全てだという価値観はある意味恐ろしいものです。

情報を得る手段が多様になるほどに、情報を選ぶ能力が問われるようになりました。しかし誰も情報を選ぶ力を教えてはくれない。自分で身につけていくしかない。そう考えると現代もある意味不自由だなぁなんて思ったりします。

情報は混沌の中にあり、まさに情報迷宮化社会だなという不穏なまとめで終わりにします。