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村上春樹のことを誤解していた〜村上さんのところへ〜

カルチャー


前と比べて何かにつけて興味関心が薄くなったような気がする。

いや、薄くなったというよりも、狭くなったという表現のほうが近いかもしれない。私は良く本屋の話を出すが、学生のころは本屋で1、2時間じっくりと気になる本を探すことに何の苦もなかった。時間をかけて「これだ!」という一冊を見つけることが楽しみだった。

しかし社会人になり忙しさに流されそういった興味関心の優先順位はどんどん下がっていった。そして次第に、だいたい本屋にいっても本屋に平積みされているような注目!一押し!の本ばかり手にとることが増えてしまった。王様のブ◯ンチやAm○zon.で話題の本しか目につかなくなった。本当に気になる本を探す労力よりも、とりあえずおさえておけば大丈夫という本が私の興味心に防波堤のように積み上げられていった。




私にとって村上春樹も、そういった本の作者のひとりであった。

ハルキ二ストなんて言葉が広まってもう長いこと時間が経った。私の頭の中では「村上春樹」という小説家は流行りのものばかり追いかける人間達がなんとなく手にとってなんとなく読んでなんとなく知ったかぶりをする様なサブカルチャー的な存在だったのだ。そんな「サブカル厨みたいな奴はいけすかねえな〜」くらいのやさぐれた思いばかりが心にあり結局村上春樹の本を私は読んだことがない。



最近はてなブログのトップページにあるブログがよく掲載されるようになった。
「村上さんのところ」というブログだった。良く見てみるとどうやら新潮社とはてなが協力してやっているものらしい。あまり著名人に手を出さないはてなが頑張ってるな、というくらいの気持ちではてなブログトップページをみていた。


また日を改めるとどうやらまた新しい記事を書いている様だ。なるほど、読書の質問に答えるスタイルなのか。なかなか村上春樹もサービス精神豊富だなと思った。そうして見ていくうちに気づいた。村上春樹の投稿数はこの短期間とは思えないくらいたくさんあったのだ。何が村上春樹をそこまで駆り立てているのだろうか?そんな疑問が頭をよぎるほどに。

こまめにはてなブログトップページを見るようになった。小説家という枠を飛び出してひとりの人格を持った人間がそこにはいた。ひとりの人間がひとつひとつの質問に真摯に答えている。村上春樹のことがどんどん気になった。この小説家はどんな心を持った人間なのだろう。ひとつひとつの回答を読みながら空想してみる。私はいつの間にか村上春樹に興味関心を抱いていたのだ。


私は「村上さんのところ」を読むことが楽しみになった。村上春樹の人となりを実感しながら、村上春樹の言葉に耳を傾けている。


「あぁ、面白いな。」



純粋な思いで今わたしはブログを読んでいる。なぜ村上春樹がこの企画をやろうと思ったのか私には想像することしかできないが、確実なのは、私がだんだん村上春樹のことを好きになっているということだ。

今度の仕事休みには村上春樹の本を探しに本屋に行きたい。じっくりとひとつひとつ手にとって、より心をくすぐられる一冊を読みたいと思う。



村上さんのところへ私は会いにいく。



それは村上春樹が私達に会いに来てくれたからだ。