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リア充の話をしてたら「リアルってなんだ」と聞かれた

どうでもいい話 思考


あの子なんだかんだいっていつもリア充なんだよね。「私つらいんです〜」とかいいながらちゃんと彼氏はいるし友達もたくさんいる。休日にはボルタリングをやって身体も動かしてるしFacebookにはいつも「いいね!」が50個くらい付いてる。

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非リアとか言ったって仕事してたり通学してたり奥さんがいたり彼氏がいたりなんだかんだみんな何がしかが充実してるじゃんって話してたら急に言われたんですよ


「リアルってなんだよ?」って。



背筋に雷が走る一言でした。リアルとはなんぞや。私に現実を問おうというのか?インターネッツだってある種のリアルじゃないですか。そんな世界の隅っこでひそひそとつぶやいてるだけの私にそんなこと問わないでください。あなたのリアルはなんですかと聞かないでください。どうしたってリアルを問い詰めたら充実してる部分とそうじゃない部分が出てくるし仕事をしてる人は仕事という枠のなかで感じられる喜びや悲しみがあるわけで恋人いるのが=幸せというわけでもなくてそこに至るまでのプロセスや結果をリアルと呼ぶのなら世の中に非リアリア充という壁はないんだなって考えたりするんですよだってそうじゃないですか私の人生ひとつをとったって非リアな部分とリア充な部分がありますし要はいつどこでどの事象をピックアップしていくのかということが大事だと思うしリア充だから非リアの人を蔑んでいいという理由があるわけでもないし非リアだからリア充を妬んでいいというわけでもないし客観的な幸福なんかたかが知れているし仕事で味わう苦しみも仕事をしたかったころの私からしたら充分リア充で充実してるって思われるんじゃないかなってこの考えを応用していくと世の中のつらいこと全てが生きているからこそ得られる充実と捉えていくことができるしこの考えに至ったら最強なんだけどおそらくそれを悟りと呼ぶのだろうしつらいこと喜べって他人から求められてもそれはただの苦行なわけで私は辛いもんは辛いし嬉しいもんは嬉しいしあんたの知らないところで勝手に幸せ感じてるからあんたも勝手に私の知らないところで幸せを感じてればいいなって思いますよ。


ある意味夢だってリアルだし無意識だって人間としてのリアルだし自分でリアルの範囲なんか決めるから他人からとやかく言われようが馬鹿にされようが罵られようがそんなの知ったことじゃないので他人がとやかくうるせえと思うときもあるし他人に気にしてもらいたいときもあるしだいたい後者のときにブログを書いてます。