親密な人間関係は何より大切だと思う



「恋愛は大切」という一括りでは言葉が足りないと思いしかし叙情的な文章も誰かを引き込むような冴えた文章も書く力がない私は自分の思いを如何に丸裸にこの場に書きなぐることができるのかという課題と向き合うしかない。

恋愛の素晴らしさをただただ羅列するのも悪くないだろう。私のキュンときたデートBest5を書き連ねてもいい。しかし伝えたいのはもっと根幹にある人と人の結びつきにより得られる幸福と悲哀なのであってそれをコミカルに書こうというのは私の力では到底無理なのである。私は思う、親密な人間関係を築くことは人生の価値だと。だってそれを知らなければ「ふたり」の悲しさも「ひとり」の幸福も語ることはできないのだから。ただ生殖行動をしていれば良いはずの生物がなぜ愛だの恋だの考えるようになったのかは甚だ不思議なことである。私は単に異性関係にとどまるだけでなく例えば親子の絆や友情だってこれに当てはまると思っている。人間には愛がある。犬や鳥にもあるのかもしれないが、人間と彼等との大きな違いは愛を言葉で表現できることだと思う。考えたことはあるだろうか、なぜ私たちはこんなにも世界に溢れながら「孤独」を感じているのかと。孤独の価値は即ち親密な人間関係の価値である。愛を知った人間が孤独を知るのだ。愛を知らずして本当の孤独を知ることも難しいのである。


f:id:ponkotukko:20150508193933j:image


親密な人間関係を築くことによって得られるのは自分はここにいて良いのだという自己肯定感である。「ここ」とは場所であり環境であり世界だ。誰かに愛されることで初めて自分という存在を受け入れることができるのだ。私たちはひとりではここにいることができない。ここにいて良いのかわからなくなるからだ。特に大勢に広く好かれる必要などないのである。ただ一人に心から愛されれば貴方はここにいていいのだ。ひとりに愛されるということは世界に愛されることと等しい。
しかし誰にも愛されなければここにいてはいけないというわけではない。私達は誰かに愛されたとき、孤独も愛おしく感じられるだろう。なぜなら孤独とは誰かが存在しなければ成り立たないからである。その誰かは友達かもしれないし恋人かもしれないし顔も知らない誰かかもしれないのだ。今孤独だからと言って未来永劫孤独だという証明にはならない。遠い未来で親密な人間関係を築くことができたら、誰かに愛されたとしたら、貴方はそれまでの貴方の一切を愛することができるだろう。孤独を知っているからこそ親密な人間関係に価値を感じられるのだ。そして親密な人間関係を知った貴方だから孤独を感じることができる。孤独とは愛からの祝福なのだろう。喜びだけが人生ではない。誰かからもたらされる悲しみもまた人生なのだ。悲しみも孤独も愛を欲する存在ゆえに感じられる思いなのだと思う。そう考えるとき、私は自分の抱えてきた孤独を少し愛おしく思うのだ。私は孤独を知っているから誰かを愛せるような気がしている。ひとりの寂しさを知っているからふたりのあたたかさがわかる。そしてふたりの苦しさを知っているからひとりの価値も見出せるのだ。



愛を知ることは何より大切で、孤独を尊重することもまた何よりも大切なのだと思う。愛を知った上で仕事に生きるのも、他の価値を見出すのも人として生きる上で得られる権利なのだから。


だから人は失っても誰かを求め続けるだろう。何かを求め続けるのだろう。人生に価値を見出すために。