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言葉は生ものだと思う




言葉は生ものだと思う。


言葉は生もののように丁寧に扱う必要があるのだと思う。言葉はすぐ腐るし、一晩寝かせると味わい深くなったりする。ときには新鮮な言葉が気に入られたりするんだろう。だから流行語大賞なんてものがあるのかもしれない。そしたら万葉集はじっくり煮込んだ煮物かな。


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とうとう当ブログの読者数が600人を超えた。100人超えたときはとても嬉しかった。初の3桁だ。ブログを続けていて良かったと思う瞬間だった。600人を超えたらもっと嬉しくなるのかな、なんて考えていた時期があった。実際のところ考えていたよりも心は冷静さを保っていた。

書けば書くほど反応が返ってくるのは嬉しかった。それがどんな言葉であれ嬉しく感じられた...という時期も過ぎ去ってしまったようだ。なんだかんだ書いても世の中が大きく変わるわけでもなく、現実は職場と家の往復を淡々と続けるだけ。淡々と疲労がたまり、淡々と圧倒的成長。仕事は充実している。日常は満たされている。でもふとこんなことを考えたりする。「私がいなくなっても世の中は同じようにまわり続けるのだろう」


だからといっていなくなりたいわけではない。ただ淡々とそんなことを考えるだけ。むしろ私がいなくなったくらいで世界が崩壊したらそれはそれで恐ろしいのだけど。「生きよう」という意志が無意識に頭に残っている今の世界はとても居心地が良い。ごはんがおいしい、布団があたたかい、お風呂に入ってさっぱりした。観てよかったと思える映画に出会えた。共感で心が震えるほど素晴らしい本があった。誰かの気持ちが少しだけわかった。世界はこんなにも素晴らしい。


淡々とそんなことを考えている。


世界はこんなにも素晴らしい。その世界を包む言葉の美しさったらない。言葉に生が宿るとき、言葉は生ものになる。美しく彩る道具となる。悲しさを昇華する発露になる。貴方が言葉を紡ぐなら、誰かがそれを読むだろう。淡々とそんなことが続いていく、世界はとても居心地が良かった。私がいてもいなくても世界は淡々とまわり続ける。だから私もただ此処に居続けることができる。それは私だけではなくて、きっと貴方にとってもそうであるのだろう。