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結婚式でバージンロードを隣で歩くはずの父は死んだ



時は六月。ジューンブライドである。ゼクシィが本屋に山程陳列される首都圏で、私は生ビールを飲んでいた。



学生時代の友人との久しぶりの再会。所謂女子会は友達の少ない私にとって貴重な機会である。付き合いも10年近くなると当時あったしこりはどこへやら、時間を重ねた私達にとってそんなもの小さな石ころでしかなかった。


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進む道は人の数だけあるというのを歳を重ねるほど実感する。皆それぞれの生活があり、人生があった。子供が産まれる人、婚約した人、恋人がおらず仕事に生きる人、専業主婦で暇を持て余している人。そうだ、私はもうアラサーなのだった。結婚して子供がいて何らおかしくないのだった。当たり前に結婚式の話が出るのがアラサーか。母が今の私の歳には私を妊娠していたのだった。そんなことをぼんやりと考えていた。

結婚式というものを私は特に必要ともなんとも思っていなかった。そのことを周りに話すと皆口を揃えて「結婚式はやったほうがいい」と言う。人の気もしらないで、よく言ったものだと、愛想笑いを浮かべながらいつもただその言葉を聞きながしていた。

女子会というやつでは当然のごとく結婚式について話が繰り広げられる。どこで結婚式を挙げて、いくらかけて、どれくらい人を呼んで、何が大変で何が嬉しかったか、その感想戦で2時間は酒が飲める。そうなるとだいたい話題にでるのが、父親とバージンロードを歩けて嬉しかった、泣けたという話。私はだいたいこんな話がでたときはビールを口にする。顔が引きつるのを隠すためだ。「結婚式」、嫌というほどに想像してきた。その空想上のバージンロードには父は歩いていない。だって父は死んだし、一緒に歩いてくれる人、私にはいないし。


当たり前とは結構酷なもので、みんな当たり前のように父がいる前提で話をしてくるから、私はいつも頷き人形になるしかなかった。私はこんなときいつも私と同じ境遇の人がひとりでもいてくれたら、こんな形容しがたい思いも分かち合うことができるのかもしれないと考える。10年かけてなんとか消化してきた思いがちょっとした一言で溢れだしてくる。父の横たわる情景も、それ誰とも分かち合えなかったさみしさも、それ無しに今の自分が存在し得ないとわかってはいても感情には抗えなかった。

できれば私ももし叶うのならば、父親とバージンロードを歩きたかった。父さんに宛てた手紙を読んで、その父親の姿を記憶に刻みつけたかった。私の人生の半分はすでに父の死んだ時間で埋め尽くされてしまった。これから何度も何度も、こんな思いをしなければならないのだろうか。父は自ら死を選ぶとき、私のウェディングドレス姿を思い浮かべたりしたのだろうか。そんな答えのでない問いかけを、ひとり、頭の中で繰り返していた。


だけど私の人生は、悲観と孤独だけで出来たものではないこともわかっている。父の死が教えてくれたことだってたくさんある。人を大切にすること、一緒にいられる喜び。父はバージンロードは歩けない。でも私の人生という道をいつも見ているのはわかる。例えばバージンロードを歩くのが父でなかったとしても、私は私の人生を愛しているだろう。出会いと別れを繰り返し、何度も流した涙が、生きることの価値だと少しだけわかってきたから。