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アラサー女には時間がない



アラサー女には時間がない。いや、時間はあるのだが、達成しなくてはいけない目標がたくさんありすぎる。仕事もしたい、遊びたい、結婚だってしたい、でも彼氏彼女の関係だって捨てがたい、でも子供だってそこそこの時期に産みたい。とにかくやりたいことがたくさんある。一日が燃えるように瞬く間に過ぎていくその中で、毛穴だけはだらしなく広がりだしていた。気づけば美白用品を買う頻度が増した。ホットパンツも儚く履かなく。若さに胡座をかいて余裕をぶっこいていた時期は終わりを告げようとしている。そんな女に遺されたのは、その若さの間に自分が何を成したのかということ。


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もうそろそろ遊ぶのも終えようと誰かが言った。焼け野原にひとり立ち尽くす中、友人は結婚という温水に身を浸らせていた。友人の潤いとは相対してある人は乾ききっていた。今から一から積み重ねろというのか、それにしたって時間が短すぎやしないか。要領の良い子は仕事はそこそこに恋愛を充実させていた。ある人は仕事に専念し一定のキャリアを確立していた。あのとき同じ教室で同じ授業を受けていた私達の生き方が、こうも分かれるなんて想像もしていなかった。みんなだってそれなりにそれなりのことをそれなりに頑張っていけるもんだと思ってたのに、普通とはなんと難しいことだろう。
普通に就活して普通に仕事をして普通に結婚して普通に子供を育てることの何が普通だというのだろう。普通という言葉にどれだけの努力が内包されているか若いうちは気付かずに当たり前のように普通でいられると思っていた。普通なんてものは私を支えてくれはしなかった。普通が私にくれたのはどうでも良いような価値観と漠然とした不安だ。

きっとほとんどのアラサーがそんな「普通」という言葉に縛られている。普通を基準にして他人と自分を秤にかけている。まだ若いって歳上の人に言われたところで自分の不安が消えるわけではない。それなりの歳で結婚してそれなりに過ごしてきた人々が若いんだから大丈夫と言っていても時代は変わり女の幸せが多様化したこの世界でいったい何を基準に物事を判断すればいい?そんな時、頭に浮かんでくる普通という言葉。


結婚だって、仕事だって、頑張らなきゃやっていけない。なぜか専業主婦としての仕事が出来ることは当たり前という認識の上で女性の社会進出が謳われている。専業主婦が軽視されすぎではないか?家事ができて当たり前なんて人生はいつから難易度を上げたんだ?残業して帰ったら21時を過ぎている。あと12時間したら、自分はもう職場にいるだろう。


とにかくアラサー女には時間がない。やりたいことがたくさんある。やらなきゃいけないことがたくさんある。そんな周りに流されて、がむしゃらに毎日を過ごしても、自分という存在を蔑ろにしたまま、自分がなんで頑張っているのかわからなくなってしまう。せめて何をなんのために頑張るのか、それくらいは自分で決めたい。周りに笑われても、アラサーだとからかわれても、これを選んで良かったと確信を持てるその時までは。