読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

たくさんの犠牲がなければ成り立たない世界について

自殺関連 日常 思考

例えば1人の名医がいたとして、その医者が何人もの人を救ったとしよう。何度も何度も失敗を続け、少しずつ経験を積み重ねていった。その集積が彼だった。彼は何人もの命を救ってきた恩人だった。
しかしその一方で彼は命を看取ることが多かった。彼の失敗が命を削る、そう思うと失敗することがとても怖かった。それでも彼は名医になる未来を信じ未来のために現在の死をただ受け入れるしかなかった。自分の力不足を痛感するより他なかった。
そうして彼は名医になった。たくさんの命を受け止めて命を救える名医になった。救えなかった命がたくさんあったとしても、いま救える命がひとつでも増えるのであれば。そう信じて日々過ごしていくしかなかった。今なら救える命だってたくさんあったと思う。前の自分には力がなかったから、仕方ない。仕方ない。仕方がなかったんだ。名医は命を救い続けていった。




世の中には夢がある。目標がある。希望がある。それらがあるから私達は生きていける。私にもやりたいことはある。それは自殺を限りなく少なくするということなのだけど、お金も地位も名声もなく、雀の涙ほどの自身の経験しか持ち合わせていない私ができるのは、目の前の課題に粛々と取り組むことで、経験に裏打ちされた実績と能力を身につけていくことなのだけど、そうしている間にもおそらくどこかで人身事故が起きたりなんかして自殺せざるを得なかった人達が命を終わらせていると思うんだ。
なら今すぐに何かしろよと言われるのはわかるけど今の私は若すぎて人の人生を背負うほどの度量も持ち合わせていなくて、度量をつけられるように頑張るしかないんだけど。

先の話のように名医になりたい私がいたとしたら、いったい何人の人がその間命を絶つだろうかと考えてなんともいえない気持ちになったわけだ。勝手な憶測で勝手にへこんでいるだけで、きっと救われた命だってたくさんあるんだろうけれど。私自身にできることがほとんどなくて、自分の体験をつらつらとブログにして伝えていくくらいしかできなくて、そもそも「名医」になれるかなんて保証はどこにもないのにさ。


「たくさんの尊い犠牲の上に命は成り立っている」

みんなそう言うけれど、そんな犠牲に見合える存在に私がなれるというのか、そんな尊い世界になれるのかって考えると暗くなる。

でもやることが見えていて、一生懸命取り組めばなんだって力になるから。そう信じてやっていくしかないんだよと自分を励ますことしかできなかったんだ。