読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

大人は言うほど大人じゃない

思考 日常

私はブログで何度か「大人」についての思いを書いたりしているんですけども、というのも自分が年齢を重ねれば重ねるほど幼少期自身が描いていた「大人」のイメージと実際の「大人」が違うことがとてもわかってきてしまったので、そこに対する不安と自分への問いというものを書き起こしているというのが現状です。


「大人」とは何でしょうか。


何ができたら大人だと言えるのでしょうか。お金を稼ぐことができるようになればいいのでしょうか。子供を産めばいいのでしょうか。二十歳をすぎれば大人だと信じこめばいいのでしょうか。

社会を知れば知るほど大人の未熟さを実感します。そしてその実感は同時に「大人とは何か」「お前は大人なのか」という問いを投げかけてきます。大人とは一人前になった人のことを言うのだと言う人もいますが、何を持って一人前なのか、それすらも定義が曖昧で私の心を落ち着かせてはくれません。

大人は子供に対してあれしちゃダメこれしちゃダメというけれど、大人だって、大人のほうこそできてないことたくさんありますよね。授業をサボるなと言いながら仕事中はネットサーフィンをするサラリーマン、子供に規則を守ることを求めながら当たり前のように自己主張を曲げない大人達は腐るほどいる。そんな世の中の流れを見ながら言ってやりたい。「大人は言うほど大人じゃない」って。


大人とは。大人とは何なのか問い続けることが大人なのかもしれない。社会の中で自分の役割を自覚しながらその役目を果たせたら一人前と言えるのだろうか。いったいどれだけそれができてる人間がいるというのだろうか。私は社会の中で生きる一人の人間だけど、社会についても大人の定義についても知らないことばかりだ。歳をとればとるほど自分の無知を知る。取るに足らない存在だということを痛いほど感じる。それでもなんとか自分の中の大切なものを守ることに必死になっている。大人なんか、大人であることを言い訳にすることも、免罪符にすることも、ひどく幼いように思う。自分がどういう大人なのか考えないでただ歳を得れば地位も上がると信じている人間のどれだけ多いことか。


大人は大人であることに満足したとき、未熟さが露呈されるのではないだろうか。


別に脅迫観念でもない、誰かに何かを強いたくはない。それでも自分自身に対してだけは「お前は大人か?」と問い続けることを忘れない人間でいたいと思うのだ。