新年だから目標至上主義をやめるという目標をたてました


目標至上主義信仰はときに人の心を蝕む。
新年だからと言って何かと目標を設定したところで、目標は達成できてこその目標なので目標が目標のための目標になってしまっている場合は目標の存在そのものを問わなければならない。それは継続可能な目標なのか、この一年で達成できるのか、いつだって自分自身に問わなければならない。

この様に、「〜ねばならない」「こうでなければいけない」という思考に囚われてしまいがちな人間は一度その思考を放棄するといい。だって世の中に〜ねばならないなんてことは其れ程ないのだから。だから私は今年、目標を掲げて努力するという思想を敢えて捨てる。そうすることによって自分にプレッシャーをかけすぎて不調になることを防ぎたい。
おそらく私のような人間はこの様な考えを以ってしても何らかの責任感なりある種自虐的な抱え込み思考に陥りやすいのだ。5年後、10年後、社会的なステップアップを得たとき、家族を支える立場になったときを想定するとやはり今のままの私の頭ではどこかで壁にぶつかって燃え尽きそうな気がする。それは長い目で見たときに良いこととは言えない。今から変えることが求められる。きっと未来を見据えたらそういった行動をとったほうが良いのだ。



ほら、やっぱり考えてることを書いてみたら自分で自分を追い込んでいるでしょう?誰もそんなこと求めているなんて言ってないのに。私の悪い癖がどんどん出てくる。だからあまり目標を持ったところで、勝手に自分を追い込んで、勝手に目標を掲げてしまうし、それはそういう人間だってことで許してあげてもいいのかもしれない。自分を許すって考え方良いよね。今年はちょっとそんな気持ちを混ぜ込んでいきたいね。あまりひとつのことに執着しすぎないことだね。そんで執着してしまう心を改善しつつどっかで許してあげることだね。そうしないと本当にいざというときに許せなくなるからね、きっと人間そんなもんで、曖昧にしといていいものってたくさんあるんだよね。だから今年もやりたいようにやるのが一番良いんだろうね。