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読者800人&80万アクセス超えとコアラ

カルチャー


このブログもなんだかんだで2年が経ちますがいよいよ読者さんが800人超えしたことと80万アクセス超えしたということでとても感慨深いものがあります。

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ちまちまアクセス数が増えていく、そういうことに私は喜びを感じるんだ。

私の震えるこの胸はライオンハートのようなもので君を守るためにそのために生まれてきたような気がしたんだけどネットでちまちま思うところ書いただけでは君のことを守れないということもわかってきたというのが正直なところです。私がブログで得られるものなんてきっとちょっとした自己満足くらいのもので、ブログが私の人生を支えてくれたりなんてことはほとんどないし、彩ある様なない様な生活にほんの一筋落ちた朱色程度のものなんだと思います。でもそのくらいのものだから長いこと続けられているような気もしているのでこのままが一番良いのかもしれないですね。


それでオーストラリアのコアラが森が減少したことで住む場所を失って住宅街に現れるようになっているという話をしたいんですけど。コアラは縄張り意識がとても強い生き物だから減ってしまった森の中でなんとか生き延びようと熾烈な縄張り争いが繰り広げられていると。そこで負けてしまったコアラが人の住むところに出て車に轢かれて死ぬんだっていう話しをテレビで見ていてなんだかそんな話しどこででも聞くことなのになんだかとても虚しくなってしまって、コアラだって好きで森を減らしたわけでもないし住宅街に出てきたわけでもないのに「森が減っても逞しく生きるコアラ」みたいに武勇伝としてテレビで語られていることがなんだか寂しいしいやだったら森を増やそうよってなぜか急に感情移入してしまったんですよね。しかも逞しく生きるっていうのが住みかを探すなかでライバルコアラや別の生き物と遭遇して走って逃げる姿の映像を流しながら言うんですよ。しかもコアラが走るシーンで笑い声入れてるんですよ。いやいや全然笑うとこじゃないだろって思ったんだけど、あ、でもこれ人間も同じようなことしてるなって思って、みっともない様な姿をとりあげて笑い声をあげるって人間が一番得意なことじゃんって思ってそしたら人間って嫌な生き物だなぁって気がして消えたくなったんだけども。
でもそういう悔しさをバネにして生きれるのも人間ならではなのでそういった人間の逞しさとか儚さとかそういった部分をちゃんと見ることのほうが悲観するよりもよほど大切なことなのだと思い次回の読者900人&90万アクセス超えまでの結びとしたいと思います。