漫画「僕だけがいない街」最終巻感想【ネタバレあり】



あのときああしていれば、こうしていれば。生きているといつもそんな後悔があって、そんなとき過去に戻れたらどれだけ良いかと想像してみたりする。「僕だけがいない街」はそんな想像の先の世界のお話。



アニメから見始めた人間だが、原作は買うまいと思っていた。アニメの最終回を観た後、原作を全て読んだ。アニメが秀作なら、漫画は名作だと思う。今まで悟に同情したり、応援したり、嫉妬したりしていた私はすっかり藤沼悟という人間の人生の応援団になっていた。リバイバルを繰り返した世界の果てが寝たきりの生活だなんて想像できる?私はできない。そもそも私は悟に対して嫉妬という感情をまず抱いた。


「過去に戻れたら私だって悟くらいのことやれるわ」


最初はそんなことを考えいたけど、雛月を誘拐するあたりからはその行動力に感服するしかなかった。足りないものを、無くしたものを埋めていくのが人生。それが人生だとして、いったいどれだけの人がその穴を埋めるために行動できるだろうか。悟には並外れた覚悟があった。私はそんな悟の姿を見ながら自分の日ごろの行いを振り返った。

一方で八代学の人生も、これもまた悟と対をなすように足りないものを、無くしたものを埋めて行くような人生だったわけだが、その方法が他者の生か死かというそれだけの、其れ程のことだったのだ。方法さえ見なければむしろ共感できるのは八代の人生だよ。だって八代は色々失うばかりの人生だったのだから。おそらく八代は救われたかったのだと思う。蜘蛛の糸を垂らされるカンダタのように、仏のような救いを根底では求めていたのだ。

自分の思いどおりになる世界をしった八代は世界が空虚だったんだろう。八代はそんな世界を変えたくて、変えてくれたのが悟という存在だったんだ。だって悟は八代の思いどおりにはならないから。全能感を打破してくれる存在が悟だったんだ。


そんな想像を前提に私の今作の感想を述べたいわけですが。「僕だけがいない街」は美しい物語だなと思いました。様々な登場人物の様々な心情を描き、またそこからそれぞれが救われていく救済の物語。それが私にとっての僕だけがいない街だった。
悟が記憶を取り戻しかつての仲間と共闘しながら八代との最終決戦に挑むところから始まる最終巻。とにかく八代が嬉しそうだ。そして悟は一度死にかけるほどの失敗を侵しているのにまた同じ火の中へ飛び込んでいく。そして八代との再会。悟にとってこれは嬉しかったのかな、それよりも使命感が強かったんだろうな。そして八代の犯行を暴いていくわけだけど、これが悟の幾度に及ぶリバイバルと決死の行動によるものだと思うと、やはり行動による結果はそれ相応であってほしいという万人の願いが果たされたように思う。そして悟は八代にリバイバルしていた事実を伝えるわけだけど、八代だけが、八代ただ一人がその事実を「信じる」と言うんだよね。ここの悟の表情がなんともいえない、笑顔でも泣き顔でもない形容しがたい姿で、私はここで悟は八代に踏み込む覚悟を決めたのだと思う。

八代にとっては信じるだけの材料になる行為を繰り返してきたからこそ悟の言葉を信じられるというのが皮肉なものだけど。それでも悟は八代の「信じる」という言葉に救われたと思ったのでは。そもそもその行為がなければリバイバルは生まれなかったんだけど、そう考えるとこの2人の関係は運命だったのだと思う。私は八代に感情移入していた分、八代にも救われてほしいと思っていたので、悟が燃え盛る炎の中へ八代に掴みかかりに行ったシーンは涙が出た。そして意志の力というのは現実にも当てはまるのだと信じようと思った。もうこの辺りのシーンでアニメは超えたと思ったね。


あとこの物語を語る上で母の存在というのも大きなテーマとしてあって、悟の覚悟というのは母の支えと肯定があったからだと考えている。佐知子が守ったのは悟の命だけじゃなくて悟の夢と意志なんだよ。全国のお母さん、聞こえますか。雛月のお母さん、見てますか。お母さんってすごいね。私もこんなお母さんになりたいな。


悟は失われた時間を「失われた」とは捉えずに仲間が支えてくれた大切な時間だと思っているわけだけど、それだけ大切な仲間に出会えたのは悟自身の覚悟ある行動があったからで、だから私も悟みたいにはすぐにはなれないけど、覚悟を持って踏み込んでいくことから逃げないでいたいなと思った。そう思ったときに私は僕だけがいない街という物語に救われたな、と、そう思ったわけで。雛月が救われ、ヒロミが救われ、賢也が救われ、八代が、佐知子が、そして悟が救われた街の話を読んで読者は救われるんだ。感情がのめり込むほどに。だから漫画は素晴らしいんだよ。



漫画は読む人の心を潤すよ。創作とはそういうものだと思うし、そうあってほしいと切に願っている。


僕だけがいない街三部けいさん素敵な作品をありがとうございました。