「もう頑張れない」と言ったら「わかった!頑張れ」という人



これ以上頑張れないと言っているのに頑張れという人。無責任に努力だけ求める人。限界とサボりを同一視する人。ノルマだけ求める人。自分勝手に動く人。自分が良ければそれで良い人。とにかく頑張って欲しい人。頑張れないとそれは自己責任だという人。いろいろな人が世界にはいるからどうしたって分かり合えないじゃない。わかろうとする努力も、もうやりきったと判断する力も、余裕がなければ作れないでしょう。でも間違えたら世界は助けてくれないじゃないか。そういう世界で他人を許す余裕を失って人はまた人を傷つけるのだろうか。

誰も許してくれない世界で誰かに承認してもらいたくて、それすらできない人は埋もれていくしかないのか。かつて余裕があったのかもわからない世界で今日もまた誰かが余裕をなくしていく。

社会が悪い、貴方が悪い、そもそもこんなに生きづらい世界にしたのは誰?責任は誰にもなく、そして誰もが抱えている。そんな余裕のない世界を愛せるのは誰?わからないまま世界はまわっていく。ちっぽけな私を置き去りにして、延々と巡っていく。いつか世界が終わるなら私達は何のために頑張ればいい?もう頑張れないと言ってももっと頑張れとしか言われない世界で何を残せばいい?そんないてもいなくても変わらないような世界で何を成せばいい。そうやってわからなくなってただ時間だけ流れることを誰も悪だと咎められない。そんな世界を変えることもできない私はゴールをずっと探している。