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結局人間関係って好きか嫌いかなんだよね

どうでもいい話

仕事がうまくいかない理由の上位も人間関係ですよね。


なんだかんだでシステムガー効率ガータスク管理ガーっていうけどさ。ほう・れん・そうが大事っていうけどさ。一番根幹にあるのは人間関係で、良好な人間関係があれば意思疎通はかれて仕事も一番捗ると思うのよ。

そんで人間関係って相手にとって「快」か「不快」かと思われる行動の積み重ねであって、結局のところ仕事が抜群にできる人でも周りに嫌われて報告が出来ないと意味がないから、好きか嫌いかってもっと世の中で尊重されていいと思いました。

仕事だけではなくなんでもそうですけどね。私だって自分のブログのこと嫌いだ嫌いだって言われたらこんな長いことブログ続けられませんよ。ちょっといいなと思ってくれた人の声が集まって私の心が「快モード」になったから続けられるんですよ。どうもありがとうございます。



しかし一度不快と感じるとその人の不快なところばかり目についてしまうのが人と言うもので。当たり前ですよね。不快な思いはしたくないし、自分を守るためには防衛的になる。そして不快なところばかり積み重ねられて気づいたらその人のこと嫌いになっている。いいところだってあるのにね。

私は「仕事ができる奴になりたければコミュ力をあげろ!人に好かれる人間になれ!」という主旨の文言をたまに見かけるけど、これはむしろ逆でコミュ力が高くなくても人の良いところを見つめられる人になればいいんじゃないかと最近思うんだよね。
おそらく自分が「不快」に感じたとき、視線や仕草、口元からその不快さは相手に伝わると思うんだよ。良くも悪くも一方通行のコミュニケーションというのは対面で接する上では存在しないのね。だから相手にどう働きかけるか考えるのも大切だけど、それと同時に自分が相手の働きかけでどう感じたかについて考える癖がつくと良いのだと思う。

そういう試みの果てに目指す気づきとしては、「100%好きな人も100%嫌いな人もほぼいない」ということなのよね。おそらく好きな人の不快は多少なら許せる。嫌いな人の快にはなかなか気づけない。それをわかっていれば少しだけ他人に好意を向けやすい気がするよ。


そうあるためにできれば自分のことくらい自分で好きでありたいけど。そううまくいかない人間の心もわかるので、まあそういうときもあると思ってとんかつ食べるといいと思うよ。