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日傘をさすのが恥ずかしい

どうでもいい話

ここ数年で身近な存在になった日傘

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日傘はマダムのアイテムという意識が強くて、どんなに日差しが強くても日傘をさすのは恥ずかしいと思ってしまう。
日傘というと傘にフリフリレースがついていたり、細やかな花柄だったりして、普段モノトーン中心でスカートも履かないし日傘似合わねーと思って自分を慰めたりしながら夏の日差しに焼き焦がされてしまう。
日焼け止めを塗っても汗で流れてしまうので、あまり意味が無いし、いくらサラサラタイプと言っても多少のベトベトはやむを得ないのだ。

夏なんて、夏なんて、全部夏のせいにしてやりたい。
それか私もシロガネーゼのマダムになって真っ白なワンピースに花柄フリルの日傘をさすようなマダムになりたい。
でも白のワンピースは洗濯も気を使ってやらないと他の服の色が染み付いてしまうし、そもそも白金に住む男性との出会いはない。


まあそんな事情どうでもよくて、ただ単に自意識過剰なのだ。そんな見てくれで日傘なんてさして、似合わないのと言われる気がしてしまうのだ。たかが日傘のことくらいでこんなネガティヴになってしまうなんで。ネガティヴ選手権があったら地区代表くらいは狙えると思う。でも最近は開き直りも生まれつつあって、自意識過剰でも仕方ないじゃん。そういうふうに考えてしまう人間なのだからと少し客観的に自分のことを見れるようになってきた気がする。
それに気づくと嬉しくて、日傘なんてさしてもささなくてもどちらでもいいと思うようになる。

だいたいの悩み事というのはそういうものなのだ。

悩んでも悩まなくてもどちらでも良いようなことを悩むのが人間なのだ。