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F欄大学出身であることを言い訳に勉強や仕事から逃れることについて

思考

 

久しぶりの言及です。

 

「就職しません」宣言から半年。ぼくはブログの収入で1人暮らしを始めました - いわタワー

 

いわタワーさんのこの記事。最近よくあるブログで生計を立てていく宣言のひとつではあるんですけど、私はなんかこの記事を読んですごくもやもやしました。

 

いわタワーさんはブログで稼ぐ動機のひとつとして

ぼくは1秒でも早く自分の力で自立して生きたいと思っていたからです。

 

と書いていました。しかし一方で

 

行動を起こして楽しく生きているぼくと、踏みとどまって不満を抱えたまま生きている人の間には何の差があるんでしょう?

そこに才能や潜在能力の差なんて微塵もありません。

あるのは新しいことに挑戦するために少しの勇気をもっていたか否か、たったそれだけなんですよ。

むしろ才能や潜在能力なんて、そこらのFランク大学に通っているぼくよりも、あなたの方が数倍上なはず。

 

とも主張しています。このあたりで私は「あ、この人は就活しない理由を自分がF欄大学出身であることを言い訳にしたいだけだな」と思いました。

すでに「F欄大学」という言葉は差別的な言葉として扱われることが当たり前のようになってしまいました。その言葉の定義すらも使う人によって様々で、あいまいです。

いわタワーさんは自分はF欄大学出身で能力も高くないが、勇気次第でお金を稼ぐことだってできると言いたいようですが、「F欄大学=能力が低い」なんてそんなわけないじゃないですか。いわタワーさん自身の能力が低いなら、ただそれだけ書けばいいはず。他のF欄大学出身の人に対して厳しい表現だなと思いました。

 

私は学歴問わず様々な分野で努力している人をいっぱいみているので、なんだかとても嫌な気分になりました。自分への戒めでもあるのだけれど、人をカテゴライズしてそれを言い訳にして、今立ち向かうべき障害から逃げるのはやめたほうがいいです。

 

いわタワーさんはブログで生活できるくらいお金を稼ぐと宣言したのですから、数年で諦めずに是非その道を貫いてください。そして自分の価値観の反対にある人の存在を否定するのではなく、その人の声に耳を傾けてみてください。

 

ブロガーが社会的に認められ正式な職業として受け入れられるよう、私も応援しています。

 

 

おわり