優秀さより愛嬌のほうが必要だと思うことについて

 

私は色々とダメなところばかりの人間だけど、最近は社会でやっていくために何より大切なのは技術などよりも愛嬌なのではと思うことがある。

 

どんな振る舞いをしても誰かには気に入られ、他の誰かには不快に思わせてしまう。それがとても怖くて口を閉ざしていたら、無口であることを不快だと感じる人もいるということに気づいた。

世の中でやっていくための技術なんてものはやっていくうちに身につくものだけれど、他人に気に入られる能力は日常をこなすだけでは身につかないものだ。たくさんの人を笑顔にして嫌われないだけの愛嬌がある人を、いつもいつも羨望の眼差しで見つめていた。私にとっては優秀であることより何より愛嬌があることのほうが余程重要なのだ。可愛げのない私には、それは代えがたい宝物のように感じる。

 

愛嬌があれば多少の失敗だって許される。「この子だから仕方ない」と思ってもらうのは意外と重要で、ある程度許容された環境のほうが人はのびのびと生きられるものだ。そうやって妬み、羨んでも欲しいものは手に入らないのに。

 

自分の自信の無さを何かで埋めようという行為に疲れているのにそれを止めることができない。誰かに認められないと自分を認められない自尊心の低さをなんとかしたいのだけれど。