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生きる意味なんて無くていい

 

自分を認められないがために自分が生きている意味を探していた。でもちょっとしたことで心は揺らいで、意味が曖昧になって不安になる。物心ついたころからそう考えていた。

 

生きる意味に依存していたのだと思う。私が生きるために生きる意味が必要だった。そうあらねば生きていけないのではと考え、不安になり、新たな意味を見つけてもまた揺らぐ。そんなことを繰り返していた。

何かに頼らなければやっていけなかった。そんな自分が情けなく虚しかった。嬉しいことや楽しいことはその理由や意味なんて考えないのに、苦しいことや辛いことは理由や意味を見つけないと耐えられなかったのは私の弱さだったのかもしれない。

 

でも本当は生きる意味なんて無くていいのだ。意味がなくても存在して良いのだ。最近はそんなことを考えるようになった。サラリーマンでもトップアイドルでも死んでしまえばそれが全てなのだから。ここにいることに理由なんていらない。意味がなくたってここにいていい。私も、他人も、存在すらしらない彼等すらも存在していい。ただそこにある苦難や幸福をそのまま受け入れたら良い。理由がほしいなら見つければいい。見つからないならそのままでいい。自分が求めるように生きていい。同じように他人のことも受け入れられたらそれはとても素敵なことで、幸せなことなのだろう。