友達がいないコンプレックスを抱えているあなたへ

 

 

今日は成人の日。鮮やかな着物を纏った新成人達が街を彩っている。毎日この時期になると自分の成人式を思い出して、地元との繋がりについて私が勝手に抱えている負い目が喚きだす。

 

 

私は地元の公立中学に進学した。近隣では素行が悪い生徒が多いと噂されていた中学ではあったが、自分の歳は比較的落ち着いていたほうだと思う。そこそこ生徒数はあり、部活動も活発だった。毎年クラス替えがあって私はそれが苦手だった。

もともとの人見知りの気質に加えて中学入学早々に父が自殺したことが自分のなかで上手く消化できず、周りに自分がどう思われているかとばかり不安を膨らませてどうやって同級生と仲良くなればいいか分からなかった。

表面的には親しくなれても、今一歩相手の心に踏み込むことができなかった。今になって思えば、相手の心に踏み込むことで自分の心に踏み込まれることを恐れていたのだと思う。

 

その場では仲良くできても、クラスが変わったり進学先が変わったりすると関わりを失ってしまう。そんな消極的で閉鎖的な自分はあまり好きではなかった。部活をやっていたのでその繋がりだけはあったことが救いだったけど。

 

 

そんな付き合い方しかできなかったので、私の成人式は誰と一緒にいればいいかわからず、ひとりぽつんと過ごしていた。みんなはある程度グループを作っていてすごしているけど、私には所属する場所がないということを実感して早々に帰った。

しかし私の学年の繋がりというのは意外と強く、学年全体の同窓会を何度か開いたりしていて、Facebookでその様子が頻繁に公開されている。私も声をかけられることはあるが、いつも断ってしまう。どんな顔をしてどんな話をして参加すれば良いかわからないからだ。しかしそんなこと考えずにただ参加すれば良いのだということもわかっている。わかっているのに人と関わることを恐れてしまう。地元の同級生達が仲良くしていればしているほど、惨めな気持ちになってしまうのだ。きっかけは父が亡くなったことだとしても、他にも離婚して名字が変わっても色々な人と仲良くできている人だってたくさんいたのだから。高校デビューとか大学デビューができている同級生が羨ましかった。私はずっと中学時代の人間関係のやり方を引き摺ってしまっていたから。

 

相手の心に踏み込むことができない人との付き合い方は今も続いている。少しだけ自分の心を開くことはできるようになったけど、とても緊張するし、疲れてしまう。でも後悔を繰り返さないようにひとつひとつの人との関わりを大切にしていきたいと思っている。なので私のように成人式や人間関係で悩んでいる人がいたら、私も同じように悩んでいるので、あなたはひとりじゃないよと伝えるようにしたい。それは自分が救われたいという気持ちも含んでいるのかもしれないけれど、ひとりで枕を濡らすよりはずっとずっとマシだと思うから。そういう偽善めいたことをこの歳になっても続けてしまうのだ。