諸々が流れてゆく

 

幼い頃のGWといえば父に連れられてメーデーに良く行ったものだった。当時はそれが何かよくわからず、とりあえず1時間くらい歩いたら1000円程度のお金が貰えてそのあとラーメン屋に連れて行ってもらえるという程度のささやかなイベントだった。今になって思えば父も休日に労働のようなことを強いられて嫌だったろうなと考えた。そういえばGWにどこか旅行に行ったりした記憶がない。記憶がないだけで経験はあるのかもしれないけれど。

 

父と出かけることは数少なかったけれど私が一番印象に残っているのは今はもう存在しない渋谷にあったプラネタリウムに行ったことだ。

小学生の頃は夜の飼い犬の散歩に父と行くことが日課だった。冬になると星が綺麗に観えるのでよくオリオン座を探しながら歩いた。時折買ってもらえる缶のココアやコーンポタージュがとても美味しかった。たくさんの星を観たいと言ったらプラネタリウムに連れて行ってくれることになり、それまでそんな場所には行ったことがなかったのですごく楽しみだった。

 

渋谷のどこにあったのか、当時は渋谷なんて大都会で大迷宮だったのであんまりよく覚えていないが、少し錆びれたつくりのプラネタリウムで映される満点の星は私にとって充分すぎるほどの情景だった。あまり父と2人で会話はしなかったので何を話したかはほとんど覚えていない。でも星見表のキーホルダーを買ってもらってとても嬉しかった。プラネタリウムを見終えたあと同じビルに入っている喫茶店で生まれてはじめてカルボナーラを食べた。今でもあのカルボナーラが一番美味しかったと思っている。

 

そして今、あの頃一緒に散歩に行った父も愛犬も死んでしまった。プラネタリウムも閉園してなくなってしまった。あの風景を覚えているのは私だけ、そう思うと涙が込み上げてくる。なんでこんなことを思い出したのか、GWだから、メーデーがあったから、星が綺麗だったから。時間が流れていく。命も流れていく。時間とともに諸々が流れていく、そんな中で僅かな記憶だけが星の様にささやかに瞬いている。