心がよろけそうなときに読むポンコツ日記

心がよろけそうなときに読みたくなる日記を目指してます

親孝行の本当の意味はあなたが生きていること

 

こんにちは。

環境があらわれてきたので書きます。

 

 

ちょっと前の増田に書いてあったことについて。

 

むかし、何もかもつまらなくなって、死にたくなった時 何だか知らないけど..

 

「親孝行」とはなんだろう。

 

この言葉を聞くと何か勉強がトップクラスにできたり、お金がすごく稼ぐことができたり、日常的に親の介護をしたりなんらかの成果があることが前提としてあるような気がする。成果を出して親に還元することが親孝行。逆に成果が出せなかったり迷惑をかけたら親不孝。そして親孝行はするべきことで、子供の義務であるかのような世の中の圧力に「ぐぬぬ」と堪えながら生きている。

 

そのように生きていると成果に捉われていくもので、あれができないこれが足りない、なんで私はこんなに駄目さがあるんだろうと考えてしまう。親からしたら「別にあんたにそんなの求めてない」って言われるかもしれないけど、でも普通に働いて、普通に人付き合いをして、普通に生活して生きていくということ...それが私にとっては途轍もなく大変なことなのです。

 

 

しかしながら子供も大人になり、自分の生き方について悩んだりするものです。親孝行とかそういうのばかり考えてると自分のやりたいことと相反したりして苦しいんです。そういう思いをずっと抱えていて、そのことを恩師に話したら「親孝行っていうのは何かしてあげることじゃなくて、あなたが存在しているだけで充分親孝行なんだよ」と言われて救われたというか。

 

親に対する感情って必ずしもポジティブなものだけじゃないと思うんですよ。「なんでこの人こんなに否定ばかりするんだろう」とか、〜して欲しかったこと、自分が大人になったから気づく親の人としての人間性が垣間見えたり。感情のバランスなんてなかなか上手くは取れないから素直に親孝行ができなかった。でも自分が生きてればそれで良いのか〜と思えるようになったら少し気がラクになった。ラクになったから頑張れるとは限らないけど、ラクになったから気持ちが消えるわけでもないけど、何かが変わったわけではないけどかわるものが心にはある。

 

自責に苛まれ消えたくなる日々を過ごしている人にとって、「今つらいながらも生きていること」が何かの光明になれば良いし、今耐えていることが親孝行だし、親のことが嫌いでも憎くてもそういう気持ちになることは罪じゃないし死にたい気持ちも罪じゃないと思う。