心がよろけそうなときに読むポンコツ日記

心がよろけそうなときに読みたくなる日記を目指してます

いずれ「転機」がおとずれると思っていた

 

 

 

いずれ転機がおとずれると思っていた。

 

異動したら、転職したら、セミナーに行ったら...何かをしていたらいずれ転機がおとずれると思っていた。

 

そもそも私にとって「転機」とは革命的なもので、人格が格段に成長したり仕事のスキルが抜群に向上したり、タワーマンションの一室が買えるほどの富を手に入れるようなものと考えていた。

しかしそのような革命的な転機はおとずれるはずもなく、成長しているのかなんなのかわからない日々を浪費しているだけなのではないかと思うときもある。私はただひたすら毎日を過ごしていれば、偶然にも転機がおとずれてくれるだろうと無意識に考えていたのだ。本屋にいけば「人生が変わる〜〜の習慣」という感じの自己啓発に関する書籍は様々あるし、ネットを見れば「私の成長したきっかけは〜〜です!」といった転機による成長ストーリーが山ほどある。だから私はそれらを眺めながら、私にはいつ転機がおとずれるのだろうとただ傍観し待っているだけの、現代らしい廉価版の日常を消費するだけの人生があった。

 

f:id:ponkotukko:20180504213826j:image

 

 

変わろうと思う気持ちは尊い

 

成長したいと願う心が行動を産み、行動が転機を引き寄せるのではないだろうか。このままで良いと思っている人はきっとそんなにいない。誰もが仕事や自分の人生に対して「もうちょっとあれやそれが良くなれたらなぁ」と考えているものだ。私も変わりたいと願う人間のひとりではあるが、日々のちょっとした変化に気づかずに大きな転機ばかりを求めていたのではないか...。ふと振り返ってみるとそんな夢のような話に期待している幼い自分がいる。本当に私に転機はなかったのか?改めて自分に問いかけてみる。

 

 

それまでの私が考えていたような大きな転機は確かになかったかもしれないが、一年前と比べて成長したなと思う部分も実はあるのだ。職場の人とのコミュニケーションをとることが上手くなったのは、経験を重ねて相手の心を慮ることができるようになったからだと思う。いろんな人とコミュニケーションが取れるようになるって、革命的じゃないか?他人の価値観に触れ、感情を共有し、自分の心を育むというのはとても大事なことだ。働くというのは様々な時代や価値観を生きてきた人々と交流するということでもある。ちゃんと振り返れば私は、他者とコミュニケーションを取れたとき、喜びで小さく心が震えているのを感じていた。その都度私の心の中で新たな価値観が得られ、それはある意味私の心での革命でもあったのだ。

 

人間は生きている時間の約3分の1を働きながら過ごしている。気づいて来なかっただけで、本当は貴重な時間を費やして小さな転機を重ねて生きているのだと思う。廉価版でチープな日常ではなかったのだ。

私には「これがきっかけです!」と言えるような革命的な転機はおとずれなかったかもしれない。だけど小さな転機を積み重ねながら私は変わっていく。それは人格が格段に成長したり仕事のスキルが抜群に向上したり、タワーマンションの一室が買えるほどの富を手に入れるようなものではないけれど、他人にはちょっと見えづらい小さくささやかな宝物だと思っている。