心がよろけそうなときに読むポンコツ日記

心がよろけそうなときに読みたくなる日記を目指してます

人あたりの良い人間にはなれそうにない

 

ある程度周囲に対して好意的でありたいという思いがあった。それは一緒にいる他人に嫌な思いをして過ごして欲しくないという、他人のためという皮を被った私の願望であるのだが。どんな人に対しても関心を向けていよう。例えば髪を切っていたら素敵だねと声をかける。もちろんその声かけは私が感じた思いであることが前提としてある。簡潔にいうと「人あたりの良い人間」に私はなりたかった。

 

 

でもそうもなれそうにない。なぜなら私は私の感情を蔑ろにできないからだ。生じた不安や不快感をうまく受け流せない。この人はなぜこんな酷いことを言えるんだろう?何故?どうして?疑問符を並べてしまう。そもそも相手からしたら「そんな理由を教える義理がどこにある」なのだ。私が持っていた関心が必ずしも他人を喜ばせるとは限らない。おせっかい。自己中。偽善者。なんとでも言われる。そして言われる度に傷つく。私は弱い。他人に関心があるくせに他人が怖い。

 

人あたりの良い人間というのは総じて心に余裕がある人だと思う。いろんな人の感情を受け入れる器を持っている人。憧れていた尊い人。でも私は人あたりの良い人間にはなれそうにない。なるためにはもっと自分を知らなければいけないと思う。自分の嫌らしさや卑屈さと向き合って傷つかなければ本当の優しさが見つけられない気がするから。

 

なんでそこまでするのかと聞かれることもある。私もわからない。ただそうしたい。今はまだ人あたりの良い人間にはなれそうにないけど、10年20年後にそんな人でいられたらいいなと思う。